道路などを新しく作る際、古い時代の遺跡が見つかることがあります。そこからごくたまに 頭蓋骨が出土することがあるのですが、その骨には多くの場合、親知らずを含む、全ての歯が残されています。平均寿命が今ほど高くなかったせいもありますが、全ての歯がしっかりと骨に埋まっていて、この時代の人は歯槽膿漏に悩まされていた形跡は見られません。
ところが現代人は、私が学生であった頃の調査で、初めて永久歯を失うのが 平均で31.6歳。歯槽膿漏で歯を失うのか、それとも虫歯で抜かざるを得ないのか、人それぞれですが、年齢が高くなるほど歯槽膿漏は私たちの生活に陰を落としてきます。これは、食物の変化によるところが大きいのです。あまり硬いものを食べなくなったことで、顎の未発達を招き、それによって歯並びが悪くなると、がたついた歯の清掃不良によって、虫歯や歯槽膿漏になりやすくなります。今のままの生活を送っていくと、今後ますます入れ歯にたよらざるを得ない方が増えることでしょう。
歯槽膿漏は、食事の変化が原因で増加してきたため、人類と歯槽膿漏の付き合いは、ごく最近と思われがちですが、そうではありません。江戸時代の公家や武士など、高い身分の人に、すでに歯を失っている人が多く見られたそうです。(こういった人は庶民と違い、すでに白米など柔らかな食物を摂っていたため、現代人と同じ条件下にあったことが考えられます。)
こういったわけで、江戸時代に、木や象牙を使った、今とまったく同じ形の入れ歯が作られていました。もちろんこの歯で何でも噛めたか、というと、疑問を感じざるを得ないものではあるのですが。実際に会ったわけではないので断言はできませんが、徳川家康の肖像画と、のちの将軍のそれを比べてみますと、のちの時代の将軍のほうが、現代人と同様、ほっそりした顎に描かれています。絵師にもよりますが、顔の輪郭などはおおむね正確だとおもっていいのではないでしょうか。最後の将軍慶喜も、かなり細い顎の持ち主でした。
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