人間の身体の機能をつかさどるのは、みなさんもご存知のように脳です。ものを噛むことで、歯の根を介して、噛んだときの力が頭蓋骨に伝わっていきます。このときの力が適切に伝わると、適度な刺激が加えられ、脳の血流が活発になることは以前にお話ししたとおりです。
さらに、この脳は身体の各部が受けた刺激を、認識する器官でもあります。衣服の手触りや、落ち葉の降り積もった公園を歩く時に、足の裏から感じる感覚などをはじめ、私達が目覚めて何かをしている時、特に意識していなくても、いつも脳は何かを感じ取っているわけです。
ある学者が脳に直接刺激を与え、脳の場所と身体がどうつながっているかの実験を行いました。すると歯科が担当する口の中の部分が、脳の広い面積を占めているということがわかったのです。
ここで話を元に戻しましょう。高齢者の認知症は、おもにこの脳の活動が低下することによって引き起こされます。認知症を防ぐために絵を描いたり、手を使って何かを作ったりすることがよいといわれるのは、それをすることで脳が刺激されることを知っているからです。では、より広い面積の脳を使えば、効率よく脳を刺激し、活性化することができますね。ですから、まず食後にきちんと歯磨きをし、歯を支えている骨が歯槽膿漏などでなくなるのを防ぐ必要があります。入れ歯などの力を借りることなく、自分の歯でしっかりものを噛むことができれば、噛んだ力が頭蓋骨を伝わり、脳を刺激して血流が活発になるからです。一般的に歯のあるお年寄りのほうが、そうでないお年寄りに比べてお元気なのは、こういった理由によるものです。
特に身体が不自由で、歯みがきが充分にできないお年寄りには、仕上げ磨きをしてあげるなどの対策をとると、虫歯や歯槽膿漏予防ばかりでなく、誤嚥性の肺炎の予防にもなることが、研究会等で声高に語られ始めました。単に食事の後、「歯を磨きましょう。」と声掛けをするというのでは、口腔ケアをしたということにはなりません。ひとりのお年寄りにそんなに時間が取れないのもわかりますが、せめて一週間のうち何度か、歯ブラシで歯を磨く形での口腔ケアをやってみていただけたらと思います。
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