
環境戦隊サヌキレンジャー! C
和三盆ホワイト!
ぶるるる…ぶるるる…ぶるるる……。
気味悪い振動が、お尻の辺りでしている。そして、何か硬いもので胸のあたりをつつかれる感触も。
不意に、頭上で声がした。
「に〜ちゃん、ナンボなんでもこんなとこで寝よったらカゼひくで。」
はっ、と目を開けると、見知らぬじいちゃんとばあちゃんが自分を見下ろしている。そして、視線を胸の辺りにもっていくと、じいちゃんの握っているクワの先っちょが、つんつんと薄い胸板の上でダンス中だった。
「…何があったんか知らんけど、やけになったらいかんで。生きとったら、ええことは絶対あるけんのぅ。」
ばあちゃんも、心配そうにそう言った。
「え…いや、その…。…はい。」
別にやけになって、こんなとこで寝ているわけではないのだが、相変わらずはっきりモノを言わない雄平は、引きつった笑いを口元に浮かべてごまかす。
「ほな、はよ帰れぇよ。うちの畑で死んだもんがでたら大ごとやけんの。」
「はあ…すんません、気をつけます。」
じいちゃんたちを見送って携帯をチェック。電話の主は、やはり黒川大。うざいなーと思いつつも、あとから文句を言われたくなくて、かけなおす。
「…もしもし?あ、すみません、秋山ですが。あの写真の女の子…。」
『秋山くん、だめじゃないかぁ。もうみんな集まってるんだよ?』
「え?みんな…って?」
『キミの大好きな女子高生に決まってるじゃないか。いかんねえ、目を離しちゃあ。』
「目を離したって…いや、むしろクギ付けでしたが。」
『クギ付けって何のことかね?…まあいい、迎えに行かせたから、早く来てね。』
ぶちっ!
「迎えに行かせたから、って、ここがどこか知っとるんですかっ?ちょっと!もしも〜し?」
切れた携帯に向かって叫んでも、あとの祭りだ。
は〜っ、と一人ため息をつき、とぼとぼとあぜ道を歩き出す雄平。
「もう、帰ろうかなぁ…。」
そうつぶやいたとき、遠くのほうからつちけむりを上げつつ、疾走してくる何かが見えた。
――いやな予感。
前にもこんなことがなかったか??
雄平の脳裏をよぎる、今朝の拉致事件。
ぼうぜんと立ち尽くす雄平の横、数センチのところで急ブレーキをかけ、止まった黒塗りの車。ちなみに田んぼのあぜ道の幅は、車のタイヤとタイヤの幅ぎりぎりしかないので、当然雄平はよけた拍子に田んぼに落ちこんでいる。早く収穫することのできるコシヒカリの水田のようで、さいわいなことに水が入っていなかったから、ぬれずにすんだようだ。
とりあえず、文句を言ってみる。
「あ…あ、ぶないでないかっ!」
叫ぶと同時に車のドアが開き、運転席のこわもての男の不機嫌そうな顔が、ピンポイントでこっちを見ている。
いやな沈黙。
「……わかりました。乗ります。」
ささやかな抵抗は、三十秒で終わった。
さて、車はとある有名な和三盆の店にとまった。
ここサヌキ県は、もちまえのおだやかでなるい気候がサトウキビの栽培に適していて、古くから砂糖を作っている土地でもある。サトウキビをしぼる小屋やら、それを煮詰める作業をした建物などが、県の重要文化財に指定されているほどだが、ニンジン一筋の雄平には未知の領域なのは間違いない。
乗ったときと同じく車のドアが先に開き、運転手がルームミラー越しにこちらを見た。
「…わかりました、降りるんですね?」
車から降りると、多分サトウキビを加工しているんだろう、甘いにおいが雄平の鼻腔をくすぐる。なぜかピンク(本人の主張によると桜色)のレオタードを持って、にっこり笑った麻衣のイメージが脳裏をかすめた。
『何か、こんなカンジやったよな、あの子。』
もやもや〜とピンクの妄想が広がりかけたとき、そのピンクのイメージと表裏一体くっついてくるいやなカンジも思い出した。
「うわっ、またアブナイ目しとる。」
『…そうそう、こんな風に人のことをやたらアブナイのなんのと……?』
「何考えよんかいの、ホンマに。」
「何って…うわっ!麻衣ちゃんの取り巻き!」
後ずさる雄平。しかし時は遅く、女子高生の手に握られた白いリボンが宙を舞ったかと思うと、つぎの瞬間には首に巻きついたそれに首を締め上げられた。
「ぐえっ!」
「だ〜れが麻衣の取り巻きじゃ!」
「ホンマのことやけど、あんたに言われたら腹立つな。」
そのまま引きずられて、店の中に連れて行かれる。そこでようやくリボンをほどいてもらえた。
「う…げほっ…!」
『お前ら、ホンマは悪の組織の構成員とちゃうんか。』
声に出さないところが、雄平らしい。(小心者とも言う。)
ようやっとのことで息を整え、顔を上げる雄平。
そこには、朝から顔を突き合わせている黒川と、正面に麻衣・麻衣。
なぜか、正面だけモノが二重に見える?
ごしごしと目をこすり、もう一度正面を見る。その行動に怪訝そうな視線を向ける黒川。
「秋山くぅん…どうかしたのかね?」
「…すいません、オレ、意味もなく女子高生にいじめられたり、今朝から働きすぎたりで目が疲れてるみたいで…。」
チラッと目をやると、さっきの子女子高生がじろりとこっちを見た。あわてて視線をそらすが、今度はうんざりするくらい見た黒川の顔が視界に入ってくる。
「モノが二重に見える、と?」
雄平はため息をついた。
「はぁ………。」
「じゃあ、私は?」
「ばかなこと言わんとってください。黒川さんが二人なんて、錯覚やとしても見とうないですわ。」
「ふうん。」
意味深な物言いに、もう一度正面を見る。ふたつのそっくりな顔。しかしよくよく見てみると、片方はなぜかちょっと不機嫌そう??
「あれっ???何かちょっと違う…。」
「え〜?これが麻衣の言うとった秋山さん?」
「うん。」
「ごめん、あたしの好みちゃうわ。」
ひらひらと手を振って、向かって右側の麻衣が横を向いたことで、やっと雄平は現実を理解した。
『これ、オレの目の錯覚やのうて…おんなじ顔した二人の子がおるってことなんや!』
「く、黒川さん、もしかして…。」
そっちを見ると、あまりビューティフルとは言えない顔が、にへらっと笑っていた。
「今頃わかったかね。彼女たちは一卵性の双子で、今年のミス三盆松高なんだそうだよ。向かって右が芳田亜衣ちゃん。左が麻衣ちゃんってわけさ。つけ加えるなら、この老舗和三盆工場のおじょうさんってことかな。」
「うざいけん、人の名前、ちゃん付けでや呼ばんとっての、おじさん。」
これは当然、右の亜衣のセリフ。どうやら亜衣のほうは、麻衣とは違ってどちらかというと、麻衣の取り巻きタイプのようだ。
「いやいや、これは手厳しいねぇ、はっはっはっ。」
結構シビアな物言いなのだが、年の功かめげない黒川である。雄平はつくづく、図太い性格がうらやましいなぁ、と思った。
「で…結局あの話はどうなったんですか?」
恐る恐る切り出す。
口が裂けても、自分から【サヌキレンジャー】とやらへのスカウトだなんて、言いたくなかったからそう振ったのだが、敵もさるもの。
「私を誰だと思っているのかね。秋山くんが田んぼのあぜ道で昼寝しているうちに、ちゃんと話を済ませてある。――なんたって、私はサヌキレンジャーの長官だからねえ!」
『うわ〜、マジで公言しとるぞ、このオッサン!』
横で話を聞いている、雄平のほうが恥ずかしくて赤面しているという、なんとも奇妙な光景であった。
「そのことなんやけど。」
悦に入っている黒川を横目に、亜衣が言った。
「そら、悪の組織とやらはどうにかせんといかん、と思うけど、あたしも麻衣も部活やら、バイトやらで忙しいんよね。」
「それに、正義の味方のヒーローって、一つの色に一人やん?私ら二人おるし、かまんのかなあ?」
しかし、黒川はあっさりと言った。
「いいの、いいの。どっちか一人参加してくれてれば。赤いのや青いのやらに加えて、まだまだ増える予定だし。」
「そんな戦隊、聞いたことないぞ。それに、メンバーまだ増えるんかい。」
ぼそっとつぶやく雄平のツッコミを、聞く人は誰もいるわけがない。聞くどころか、辛らつな言葉の暴力が雨と降ってくる。きっつい視線を向けたのは、麻衣の取り巻き…でなくて、友達AとB。
「ちょっと、秋山雄平!」
「…何でオレは呼び捨て…?」
とりあえずそう抵抗したけれど、新体操のリボンを目の前に突きつけられると、思わず口にチャックせずにはいられなかった。
「ええな?麻衣は忙しいんやけん、あんまり呼び出さんように。」
『呼び出さんようにって言うても…悪の組織が来たらしょうがないやんか。』(雄平心の声)
ちょっと困ったところへ、さらに亜衣のダメ押し。
「あたしらの分もがんばっといてな、雄平。」
『どうでもええけど、あやしい戦隊に所属するんはかまんのか…。』
前途多難な何かを感じて、むくむくと頭をもたげ始めた憂鬱を無理やり心に封じ込め、雄平はひきつった愛想笑いを浮かべた。
悪の組織【ゴミゴミ団】の事情へ続く .........。
|