
環境戦隊サヌキレンジャー! F
「そこが素人のあかさたな…いや、あさかなた…ん?でなくて、あなたさか――。」
「…教授、それを言うなら、【浅はかさ】です。」
あきれた顔の横岡助手。
「そうそう、それ。そんじゃ横岡くん、みなさんにあれをお配りして。」
「まったく…私は笑○の山田くんですか。」
ナイスな突っ込みを残して、部屋の隅の金庫(らしきもの)から取り出されたそれは、文字盤のない腕時計と、きっとそれを使いこなすためのマニュアルだろう。横岡助手がそれを三人に手渡すと、すかさず教授の声。
「それは間違いなく、右手の手首に装着してくれたまえよ。次までに、使い方の自主勉もしておくように。」
「…ところでどうして、左手ではいかんと?」
伊野倉のもっともな質問に、首から上だけ人間のパーントゥはあっさり答えた。
「通信装置は、右手首にするものという決まりがあるのさ。」
何だかいやな予感がして、雄平は声のトーンを落とした。
「…誰がそんなん、決めたんですか。」
すると教授は、また竹○直人並に声の調子を変えた。
「だって〜、ガッ○ャマンはみんな、右腕にしてたんだも〜ん。」
ずっこける雄平と伊野倉の横で、黒川と教授が盛り上がっていた。
「そ〜だよねえ。あこがれたなあ、正義のヒーローに。」
「あのアニメは良かった!特に、コン○ルのジョーが格好良くて、学校から走って帰ってテレビにかじりついたもんだよ。」
「いやー、ワタシはやっぱり○鳥のジュンちゃんかなあ。武器がね、当時流行ってたヨーヨーなんだよね。」
「それで、超ミニスカート!ドキドキしたよねぇ。」
オタク談議になりそうだった…というか、もうすでに立派なオタクの会話だったが、さすがにこのまま脱線しっぱなしでは、いつ家に帰れるやら。とりあえず注意をこちらに戻そうと、牽制。
「もう、ええかげんにしてください。このオタクおやじは!」
叫んだ雄平に、視線が集まる。で、さらに追い討ちをかけた。
「こんなしょーもない話聞かせるために、俺らを呼んだんですか!」
「そう。」
マジな顔の久利林と黒川に、怒る気も失せた。で…。
「――伊野倉さん、右手。」
「右手、って?…こう?」
差し出された伊野倉の右手にタッチすると、雄平は言った。
「オレ、もうまともにこの人たちと話できんわ。交代して…。」
「こ、交代って…オレ、秋山さんほど突っこめんとよ〜。」
自分のことはよくわかっている伊野倉。しかし今日はもう彼に同情している余裕のない雄平だった。
「――突っこめようが突っこめなかろうが、これ以上は俺のほうが人格崩壊するけん、頼んます。」
「そんなぁ〜!」
『もう、無視ムシ。』
それ以上は固く口を閉ざし、ついでに心も閉ざした雄平に代わり、話の糸口をつかもうと必死の伊野倉。しかし、漫才で言うならどちらかというと【ボケ】役の伊野倉が、おじさんと対等に渡り合えるわけがない。花を咲かせまくりのオタク談議に、混ざることすらできない。
「あ…あのう…。」
「――それでね、科学忍法火の鳥の時の画面でさ、機体のまわりの透過光がずれてるのね、ずっと。」
「昔はね、今と違ってセル画で絵を書いていたから、多少のずれは致し方ないとしてもだよ。ファンとしてはあのシーン、いいかげん直して欲しかったな。」
「…えっと…教授?」
「なあ、伊野倉くん。プロならどんなささいなことにでも、こだわって欲しいものだよね。」
『――お前が言うなー!』
オヤジどもを徹底的に無視すると、固く心に誓ったはずだったが、その誓いもたった2分で終わった。
「もう!…帰らせていただきます。」
いすを蹴り飛ばして立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。しかし、手をかけたドアのノブはびくともしなかった。と、その時雄平の背中越しから声がした。
「待ちたまえ秋山くん。」
「いいえ、待ちません。」
声を振り切って、颯爽とこの部屋をあとにしたいのに、ドアが開かない。やけくそで何度かガチャガチャとドアをゆする。
すると、今度はこんな声がした。
「キミには、ほんの少しもヒーローの要素はないのかね?」
「えっ?…どういう意味ですか?」
雄平には、その言葉の意味が分からなかった。こういう状況でかけられる言葉ではなかったからなのか、それとも雄平の中にそういう感覚がなかったからか。
ゆっくりと振り返り、声の主を凝視したが、思い直してちょっと視線をそらした。
『こんなヤツと、真剣な会話をしているとは思いたくないな〜。』
雄平の心の中がわかっているのかいないのか、首から下だけ怪人のその人は、勝ち誇ったような顔で続けた。
「じゃあ、言い方を変えようか。――キミの思うヒーローとは、どんな人のことを言うんだろうか?」
「ヒーロー…って。かっこよくって…強くて…?」
「じゃあ、かっこよくて強ければ、ヒーローなのかい?」
「いえ、そうじゃなくて…何ていうか…そう!完璧なんです!」
ツタのミノムシの上の顔が、意味深に笑った。
「完璧?」
「だって、ヒーローなんですよ?そんな人じゃなきゃ、悪人を懲らしめて改心させるなんて、できるわけがないじゃないですか!」
思わずむきになって大声を出す自分に、自分がいちばん驚いているのに気がついた。
『俺、何でこんなにムキになってるんだ?』
すると、また怪人の声。
「ヒーローだって、もとをただせば人間だ。どこの世界に完璧な人間がいるんだね。」
「だから!そういう数少ない人間だけがヒーローになれるんでしょうが?」
むきになって言う雄平に、怪人は、肩をすくめてヤレヤレという顔をした。
「いつか完璧になる人間なんていやしないんだよ。だから人は努力をするんじゃないか。自分が完璧だ、なんて思い始めたら、もう生ける屍だね。」
「…言ってる意味がわかりません!」
「じゃあ、こう言い換えようか。たとえば――ニンジンを作る名人は、最初から名人だったのかね?一度うまく作れたならば、毎年同じ実りが期待できるかね?」
雄平は口ごもった。
「そっ、そんなことあるわけないじゃありませんか。天気は毎年違うんです。その年の気候に合わせて少しずつ条件を変えないと、いいニンジンはできません。」
すると、パーントゥは笑いながら言った。
「それだけのことがわかっていながら、なぜヒーローには完璧を求めるんだね?どれだけニンジンを愛して育てても、時には満足いく実りがないときもあるはずだろう。ヒーローが完璧な人間にしかなれないなどという思い込みは、キミがヒーローにならない言い訳にしか聞こえんな。」
「言い…わけ?」
「だいたい考えてもみたまえ。今まで完璧なヒーローが一人でもいたことがあるかい?仮○ライダー1号が最近お茶の間に顔を出すようになったが、素顔はとんちんかんなオヤジではないか。少し前の某警視庁ライダーだって、いつも上司に怒られていただろう?」
雄平は少し顔を赤らめた。
「…人ごとじゃありませんね、それは…。」
「秋山くん。わたしはね、完璧なヒーローには興味がない。人が成長するその過程に手に入れる何か…その不確定要素がもたらす力こそが、真のヒーローを生むのだと考える。私の技術をキミたちがどう昇華させるのかを、知りたいだけなんだ。」
がさがさと音を立てて雄平のところにやって来た怪人は、真剣なまなざしで続けた。
「――私は、キミの中のヒーローを見て見たい。協力してくれないか。」
「俺の中の…ヒーロー?…それって、俺にもヒーローの要素があるって意味、ですか?」
「そうさ。はじめから特別な生まれのものが、人のうらやむような冒険をするのは当たり前のこと。しかしそれが事実だとするなら、特別じゃなければ平凡な人生が当たり前、という思い込みをも生むかもしれん。一人の人間の中にも、良い心悪い心が存在するように、ヒーローも悪人も存在すると思わないかね。だから!」
ツタのからまった腕が雄平の両肩をつかみ、ゆさゆさと体をゆさぶる。そして――。
「誰だって、なろうと思いさえすればヒーローになれるんだよ!」
『誰にだってヒーローの要素があって、誰だってヒーローになれる?…ということは、ニンジン作りしか能がない俺だって、ヒーローになれるかも??』
かけ声とともに変身して、あやしい黒タイツをなぎ倒す自分。――まんざらでもないと言うか、むしろカッコいいではないか!自然と目じりが下がる。
怪人は、そんな風に頭の中で妄想中のため、正当な判断ができそうもない雄平の手を取った。そして、とどめのダメ押し。
「そこで、だ。私の開発したこの装置で、君の中のヒーローを育てて欲しいんだよ。そして、人はその気になれば誰だってヒーローになれるということを証明して欲しい。――秋山くん、協力してくれないか?キミ以外にこのプロジェクトを任せられる人間はいないんだ。」
『わかりました。協力させてください。』
単純な雄平がその気になって言おうとした時、怪人の手の上にもう一組、誰かの手が重なった。と同時に声も!
「うおお〜ん!不覚にも感動してしもうたと〜!」
目から涙、鼻に鼻水、口によだれ。とにかくもう、顔から出るものすべてを出しまくりの伊野倉がそこにいた。
「いっ、いつの間に。」
「教授、話は全部聞かせてもろうた。この伊野倉、及ばずながらも協力させていただきます!」
「じゃあ、頼んだよ。成功は君たちの双肩にかかっているのだ!」
「はいっ、教授!」
ここがどっかの川の土手道だったなら、きっと二人は夕日に向かってあやしい誓いを立てたあと、どこまでもそこに向かって走り続けたに違いない。
雄平と伊野倉が帰った後の研究室。
「今どきめずらしいくらい純粋な二人だね。」
「サヌキ県が生んだ、超単純バカコンビとでも言おうか。…まず、第一段階は終了としよう。」
不敵に笑う二人に、きついツッコミが。
「善良な青年だまして、何が面白いんですか。素直に人体実験なんや、いうて言うてあげたらええのに。」
「横岡くん、そこまで言わなくてもいいじゃないか。だいたい人体実験しますから、言うて誰が協力してくれるんだい?」
しれっ、と言う黒川に突っこむ横岡助手。
「――あの二人だったら、協力してくれるんと違うんですか?もし嫌や、言うても年の功で丸め込む自信あるでしょうに。」
今度は、パーントゥが笑った。
「さすが、よくわかっていらっしゃる。」
さて、でこぼこコンビは無事メンバーをまとめることができるのであろうか。
次章は、「サヌキレンジャー勢ぞろい!」の巻でお楽しみいただきます。
続く .........。
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