
環境戦隊サヌキレンジャー! O
サンポートの決闘
「え〜、なになに?…我々ゴミゴミ団は…不当な扱いに抗議するべく、県庁をはじめ公の組織に宣戦布告するぅ〜?」
広告の裏に油性のマジックで黒々と書かれたその文字は、どう見ても果し状と呼べる代物ではなかった。
「どっちか言うたら、果し状言うより下書きみたい。」
「いや、下書き言うよりは、学校帰ってきた子どもが、三時のおやつといっしょに見かける母ちゃんからのお手紙レベルや。」
吐き捨てるように言う雄平。よほどいやな思い出があるに違いない。
「で、そのおやつは何ね?」
間髪いれずにつっこむ伊野倉に、思わず白状する。
「まあ、ふかしたサツマイモか…ちょっとようてか○ぱえびせん――何言わせるんや!」
「やけに実感こもっとったから、実話かもしれんと思うたと。」
図星なので、返す言葉もない。が、いつまでも落ち込んでいると話が進まないので、気を取り直して話を黒川に振った。
「で、これだけですか?」
「そうそう、二枚目がコレね。」
差し出された二枚目の広告は、地元の大手スーパー○ナカの売り出しがのっていた。
「…え〜と…バナナ百グラムが九円、国産牛肉すき焼き用が百グラム二百二十五円!」
「――雄平ちゃん。現実逃避しとらんと、現実を見ないかんったい。」
「…わかっとるって。裏やな?」
裏返したそこには、油性マジックののたくったような字で、こう書かれていた。
記
サヌキレンジャーの皆様
きたる十一月三日(祝)
サヌキ県シンボルタワー下の芝生広場にて、県庁の回し者サヌキレンジャーと
わがゴミゴミ団との決闘を申し入れいたしたく、ここにお知らせいたします。
なお、我々ゴミゴミ団が勝利、もしくはそちらがこの決闘を無視した場合には、
さきごろ出された 鰍ウいたクリーンセンターの県業者取り消しを
撤回していただくものとする。
以上
「………。」
声も出せない雄平に代わって、伊野倉が言った。
「コレ、鰍ウいたクリーンセンターが、ゴミゴミ団の正体やいうて、名乗っとるとよ!」
「そうなんだよね〜。」
「で、この鰍ウいたクリーンセンターいう会社は、どんな会社なん?」
女子高生が一人いるだけで、殺伐とした空気がなごむ。
「それがだよ…この会社、今年の三月に医療廃棄物の不法投棄が発覚してねえ…産業廃棄物処理業者の認定を取り消されてるのさ。社長は『知らん、ぬれぎぬや〜!』と言ってたんだけど、感染の恐れのあるものがあってね、仕方なくこういう処置をとらせてもらった、というわけ。」
黒川は、タッチパネルのとこまで歩いていくと、うれしげに何度か画面にさわり、例の液晶モニターに必要な情報を映し出した。
例の坂元社長の顔が、まず、どどーんと画面いっぱいにあらわれる。それだけでこちらは百ダメージ。テンションだだ下がりモード突入。
そしてその横に、どうでもいい細かなデータが打ち出された。
鰍ウいたクリーンセンター
平成六年 設立
社長 坂元正伸
社員 三十五名
本社住所 サヌキ県見豊市狭板町108の20
「そんだけわかっとんなら、ここ行って話ししてきたらえんとちゃうんです?」
投げやりな雄平の言葉を合図にしたように、奥のとびらが開いた。
「いや!悪の組織から正式に果し状が送られてきたのだ!正義の味方は、悪の組織に敬意を表し、迎え撃たなければならない宿命なのだ!」
「きゃ〜!何あれっ!」
そこには全身ツタ男が、変なお面をかぶって立っていた。
「――来たな、怪人パーントゥ。」
身構える雄平。もちろん、くさい泥攻撃に備えてだ。しかし、敵も一筋縄ではいかない。
「怪人ではない!私は神だと言っただろう。」
「ふうん……知らんかったわ。それで?」
「だから〜、果し状が来たのに、戦わないのもどうかと。」
急に下手に出る神、パーントゥ。
「だいいち、どうやって戦えと?オレらの秘密兵器、今んとこメーター一回りしとる極彩色のスーパーカブしかないんやけど。」
「そんなことないでしょ〜。これ、コレ。」
パーントゥは、右手首を指さした。
「キミ達の持っているニューパワーチェンジャー。コレさえあれば、悪の組織なんてイチコロだよ〜ん?」
「ニュー…ぱわー遅延じゃあ?」
「とうっ!」
相変わらず耳の悪い伊野倉に、パーントゥからの攻撃がヒットした。
「うわ〜、何コレ!くさ〜い!」
伊野倉をほっといて、雄平は言った。
「コレ、ただの通信機と違うかったんかい。」
「この久利林公薗をなめてもらっては困るねえ。だいいち、アニメおたくの私が、ただの通信機を作るわけないでしょ〜が?――変身グッズたるもの、携帯電話みたいに落としたら使えないよ〜なモノでは困るんだよ。通信機を兼ねた、腕時計タイプが王道なのさ!」
『うわ〜、公言しとるぞ、このオヤジ。』
雄平がそれ以上つっこまなかったので、相手は了解したものと思っているようだが、単にあきれているだけである。
「さてはキミたち、使い方マニュアル読んでないね〜?このマニュアルの最後、第五章に【変身のしかた】という項目があったでしょうに。そんな文字を見たら最後、変身したくてたまらなくなるのが人情ってもんじゃないか。」
『そんなん、知るか!』
心で突っこんだものの、声まで出して反論する元気もない雄平たち。(伊野倉はくさい泥がヒットして、五百ダメージ。まだ回復していない。)
「それに正直なところ、戦隊ヒーローだけあってもしょうがないんだよ。悪の組織あってのヒーロー。てなわけで、こちらとしてはどんな組織だろうが、挑まれたら戦わないわけにはいかないのさ!」
「じゃあ、もしこのゴミゴミ団とやらが戦いを挑んでこんかったら、どうする気やったんですか?」
つっこむ気のない二人に代わって、麻衣がそう質問した。オッサンとしては、やはり女子高生の存在は嬉しいらしい。心なしか目じりを下げて答える。が………。
「もちろん、県庁内で悪の組織の構成員を募集し、戦いを挑ませるだけさ!」
胸を張る自称神様。しかし答えはやはり、容赦なくバカらしい。
「…とにかく、や。」
雄平は重い口を開き、続けた。
「まずは話し合いから始めよう。ヒーローやいうて、戦わないかん理由はないんやけん。」
「むむ、正論ではあるが…それは無理な相談だ。」
「何で!?」
「だって、もう返事しちゃったも〜ん。」
「まさか、決闘お受けします、なんて返事してないよな?!」
「何で?」
詰め寄る雄平だったが、久利林のかぶっているお面を見ていると、どうにもバカらしくなってやめた。きっとお面の下も、そんなにたいして変わらない顔なのが予想できたからだ。
「じゃ、そういうことだから、変身の練習でもしようか。対決まで、あと一ヶ月しかないし。」
「変身の練習…?」
「そうだよ〜。巷のヒーローだって、変身するには血のにじむような特訓を繰り返し、その末に必殺技を身につけるんじゃないか〜。」
黒川に、そんなことも知らんのか、という目で見られると、どうでもいいことなのにちくしょうと思ってしまう悲しい性。雄平の弱点をピンポイントでつかれた感じはあったが、見事にひっかかるほうにも問題は多分にある。
「そ、そのくらい、知ってますよ!」
言ってしまった後に後悔しても、残念ながらあとの祭りである。
「じゃ、三人さん、ごあんな〜い!」
突然床が動き出し、向こうに見えている扉に向かって一直線。この展開からすると、恐らく雄平たちが挑発に乗らなかったとしても、否応なく同じ結末だったことが予想された。
「はいっ!みんな〜、ワタシとおんなじポーズしてね〜。」
三人の目の前で、黒川がポーズを取っている。
「こ…こ、こう?」
「ちがうったい。足はもっとこう開かないかんと。」
「う、うん。」
ノリノリの伊野倉に、新体操のおかげか様になっている麻衣。なんだか照れくさくって、今ひとつ気持ちの乗らない雄平はここでも足を引っぱり気味だった。
「で〜、右腕のパワーチェンジャーを正面に持ってきて、自分の体の中の情熱をここに集中させる!」
すると、黒川の持つ腕時計もどきが、明るいようなそうでないような、微妙な光を発し始めた。ややあって、隣の伊野倉や麻衣からも光が現れ始めた。が――!
雄平のそれは、これっぽっちも光る気配がない。
「は〜い、伊野倉クンに麻衣ちゅわ〜ん、いい感じだよ〜。ちょっと休憩しようね〜。」
はあっ、とため息をついた雄平が、伊野倉たちについていこうとした時のこと。襟首をつかまれて引っぱり戻された。
「雄平ちゃんは、休憩ナシ。」
黒川に引きずられたまま、別室に連れ込まれた。
「困るねえ、リーダーがこの調子じゃあ。」
「オレ、リーダーになったつもりないですけど?」
そこは机がひとつ。向かい合わせにいすがひとつずつの、取調室のようなところだった。(違うのは、机にライトが置かれていないくらい。)
黒川は、ふところからタバコならぬ、小さなタッパを取り出した。おもむろにふたを開けると、中に黒い塊がぎっしり入っていた。しょうゆ豆らしい。
「食べるかね?」
つまようじを差し出す黒川。雄平は容赦なくていねいに断った。
「いりません。」
「そう言わずにさ〜。お茶もつけるから。」
差し出される湯飲みも、拒否。『何でこんなとこでおっさんとしょうゆ豆をつまみに、茶飲まないかんのや。』と顔に書いてみた。が、相手が悪い。雄平の不満がわかるそぶりも見せず、茶をすすりながら逆に文句を言われた。
「秋山くん。こんな大詰めでテンション下げてもらっちゃ困るんだよ。」
「下げるも何も、オレ、最初からこんなもんですけど?」
「しょうがないなあ。ワタシの昔話でも、聞いてもらおうか。」
「嫌です。」
席を立ってそこを出ようと戸を開けると、正面にこわもてのオッサンが立っていた。十秒ほどにらめっこしたあげく、もとのようにいすに座りなおす。
黒川も、何事もなかったように話を続けた。
「ワタシの家は、代々続くしょうゆ豆屋でねえ。小さいころはぼんぼん育ち。ちっとも苦労知らずで育ったんだよ。」
「でしょうね。」
話の合間に打つあいづちも、心なしかトゲトゲしい。
「ところがある日…思い出すのも忌々しい昭和六十三年六月三十一日…うちの店を激震が襲ったのさ。原料のソラマメから、基準値以上の農薬が検出されたんだ。」
「そら、大変でしたね。」
同じ農作物を作る雄平には、その事実がどれだけ大変なことかがわかる。人間も生き物だから、その口に入るものから基準値以上の農薬が検出されてはならないのだ。現在は、収穫されたあとに、虫を寄せ付けないための農薬の散布は禁止されている。しかし、昭和六十三年にはまだその危険性は知られていなかった。
「おかげでうちのしょうゆ豆屋は大打撃。お客は、それから後いくら気をつけて製品管理をしようが、ウチの商品を買ってはくれなかった。結果、倒産だ。それで、ぼんぼんのワタシも働かざるを得なくなって、今日に至る。」
ふところからハンカチを取り出し、さめざめと泣く黒川。ふと気がつくと、すりガラス越しに見えるごついシルエットも、涙をぬぐっているように見えた。
「…だからね、ワタシはサヌキ県の産業を、かげながら応援したいんだよ!県内を汚し、サヌキ県人を困らせる輩は許せない。いやさ、許さない!」
『身内は困らせるのにねえ…。』
心でそうつっこんだが、あえて口に出さずにいたのは、ちょっとばかし黒川に同情したせいもあったかもしれない。
「だから秋山くん!ワタシに力を貸してくれたまえ!共に悪を滅ぼし、このサヌキ県に光を取り戻そうじゃないか!」
「し…仕方ないですねえ。」
しぶしぶ了解する雄平。しかし、少し注意して聞いていれば、黒川の話が嘘だということがわかるのだが、根がまじめな田舎もんには到底わかろうはずもなかった。
結局、雄平たちはそれから何時間もかかって、恥ずかしい決め台詞を叫ばされたあげく、何とか正義の味方、サヌキレンジャーへの変身能力を身につけさせられたのだった。
そして、ついにやって来た十一月三日(祝)。
サンポートは、おだやかな秋の休日を楽しむ家族連れがあふれていた。
続く .........。
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