環境戦隊サヌキレンジャー!
  

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金時レッド
環境戦隊サヌキレンジャー! M

 

 

 「悪いんやけど、ちょっと車出すけんそこ退いてくれるか。」

雄平がなかなか立ち直れず、立体駐車場のターンテーブル前に横たわっているので、駐車場管理のおっちゃんが見かねてそう言った。

「あっ…すみません。」

力なく立ち上がると、おっちゃんが手招きした。

「そこは暑いけん、こっち来てお茶でも飲み。」

十月も来ようかというのに、サヌキ県はまだ夏が居すわっているのではないか、と思われるくらい暑い。おっちゃんは、自分が座っていたいすに雄平を座らせると、自前の水筒からお茶を注ぎ、差し出した。ちょっとためらったが、怒鳴ってのどもカラカラだったから、とりあえず一口、いただくことにした。

「あ…ありがとうございます。…いただきます。」

香ばしい麦茶の風味が、体いっぱいに広がったような気がした。

「ところで…あんた、最近よう黒川さんに連れまわされとる子やな?」

「は?…はい。」

当たり障りのない返事をして、様子をうかがう。別にサヌキレンジャーの存在を秘密にしなければいけないわけではないが(そんなことを言われたことはないから、多分そうだろう。)うっかり悪口を聞かれるとろくでもないことがありそうで、さぐりさぐり喋らざるを得ないのは致し方ない。

「何やらされとるんか知らんけど、許してやっていたー。黒川さんも、悪気はないんや。」

悪気なく、こんな迷惑なことをやらされたらたまらない。ちょっとむっとして、冷たく返す。

「悪気がないとしたら、何なんですかね?」

しかし、おっちゃんはその質問には答えず、マイペースで続けた。

「おっちゃんはのう、黒川さんがちっちゃい頃からよう知っとってのう。」

「――黒川さんに、子どもの頃なんてあったんですか!」

「あほなこと言いまーすな。なんぼあの人がかわりもんや言うても、子どもの時くらいあったでー。そらー、かわいい子やった……愛想はなかったけどの。」

おっちゃんは、遠い目をした。

「あの子の家は、老舗のしょうゆ豆屋でのぅ。ちっちゃい頃はぼんぼんで、ちやほやされて育ったんじゃわ。ところがの、その会社が別の会社に乗っ取られてしもうたんじゃ。」

「――えらい、急な展開ですね。」

「そらそうじゃ。あんまりくわしいことは知らんけんの…。での、めちゃくちゃ苦労したらしい。」

「でも、何でそんなことに?」

「さあ?しょうゆ豆の原料の空豆に農薬がのこっとって、いう人もおったけどの。はっきりしとるんは、何かトラブって会社がなくなった、いうことじゃわ。」

「ほんで苦労したあげく、あんな変な人になったんですか。」

「そうかもしれん。…だけん、あんたも見捨てんといていたーの。」

何だかよくわからない話だが、とにかく黒川にも暗い過去があり、その苦境を乗り越えていくうちに、あんな人格が形成されたということらしい。いったいどんな苦境だったのか、は別にして。

 と、立体駐車場の扉が開き、そこからターンテーブルの上にせり出してきたのは、見慣れたクリーム色のどんくさげな車。そして、その運転席からひらひらと手を振っていたのは、最近雄平の相棒を務めている、伊野倉その人に間違いなかった。

「は〜い、雄平ちゃん?」

「亮ちゃん…自前の車で来とったんか。」

ちょっと面白くない雄平。当然言葉も冷ややかになる。

「機嫌悪かね。何落ちこんどると?」

「だってそうやろが。亮ちゃんはふつうの呼び出しやのに、いつもオレは拉致なんやぞ?ひいきやんか。」

「そんなことなか。どっちかというと、雄平ちゃんは特別待遇やと黒川さん言うとったばい。」

「特別待遇?――まあ、逆の意味ではそうかもしれんけどの。」

「違うって。雄平ちゃんは俺らのリーダーやから、いう意味で。」

「リーダー?…いやいや、だまされんぞ。」

ぷいっ、とそっぽを向き、機嫌の悪いふりをする。が、リーダーの単語に、ついついほだされそうになるのは致し方ない。あまりほめられたことがない人間は、ほめ言葉には弱いものだ。

「だます、言うて人聞きの悪い。だいいち、親友のオレが雄平ちゃんだまして何になるとよ?」

いつから二人が親友になったかはこの際置いといて、伊野倉のダメ押しに結局屈してしまう雄平。伊野倉のゆる〜いキャラクターに逆らえるヤツは、今のところ皆無に近い。

「…そ、そうやな。…俺が悪かった。ごめんな、亮ちゃん。」

「気にせんでよかよ。乗らんね?」

「うん。」

定位置の助手席に乗り込むと、伊野倉がにっこり笑った。

「雄平ちゃん、時間あると?」

「時間は――あるような、ないような?やけど。」

「そんなら、ちょっとええとこに連れてってあげるばい。」

「ちょっと!…ええとこって、こんな真っ昼間から?」

うろたえて顔を赤くする雄平に、いつもの調子でつっこむ伊野倉。

「何考えとるんか知らんばってん、うどん屋行くんに顔赤うするやいうて、サヌキの人はようわからんばい。」

「また、うどん屋かい!」

雄平のつっこみ返しも、こと伊野倉の前では無力だ。

「え〜やなかね。ひとりでうどん食べるより、二人のほうが楽しいもんたい。」

クルマはもこもこと走り出し、秘密基地をあとにした。

そして駐車場のおっちゃんは、そのクリーム色のクルマが見えなくなると、おもむろにケータイを取り出した。

「…もしもし?例の二人、今帰りました。」

当然、電話先は黒川だ。

『あっそう。――で、首尾はどう?』

「とりあえず、多少は脚色しましたが、だいたい言われたとおりに言うときました。」

『ウン、ありがとうね〜。それじゃ、その偽情報、コトあるごとに彼の耳に吹き込んどいてね。』

「わかりました。」

おっちゃんはそこで言葉を切り、にかっ、と笑って続けた。

「――それでは例のもの、ヨロシクお願いしますよ。」

『わかってるって。じゃ。』

携帯をプツッと切ると、今度は黒川が、にへらっ、と笑った。その目の前に、紙の束がうず高く積まれている。

「このくらいのもので買収できるなら、お安い御用。今ここで、君に抜けられては困るんだよ秋山くん。」

【サヌキ県温泉優待券・職員用】と書かれた紙の束を握りしめ、黒川は不敵に笑った。

 

 車は一路、押田町方面に向かった。ビルが減り、道の両側に田んぼが見え始める。そこに植えられている稲は、折しも深々と頭を垂れ始めていた。

さわさわと触れ合う葉っぱからは、香ばしいお米のかおりが漂ってくる。長かった夏も終わり、秋がようやく深まってきたようだ。

他愛もない話をしながら三十分も走ると、突然伊野倉が言った。

「ところで最近、雄平ちゃん疲れてない?」

「何でそんなこと急に言い出すん?」

警戒する雄平。伊野倉がまじめくさった時に、ろくなことがないと思っているせいもある。

しかし、伊野倉はいつものゆる〜い反応。というか、何も下心がない。

「いやいや、オレのセンサーに、そう反応してくるとよ。そんで――。」

雄平はぴきっ、と筋肉を固くした。次の伊野倉のセリフでダメージを受けないように、とそうしたのだが…。

「そんで?」

「…うちらへんの(私の家の近くの)うどん屋、紹介してあげるったい。」

「だけん、何でうどん屋?」

「ええから、ええから。」

「亮ちゃん…何がえんやら、わからんが。」

「まっとって。絶対元気が出ると。」

やがてクリーム色の車は、一軒のうどん屋にたどり着いた。

「ホラ着いた。さ、行くったい。」

半分背中を押されて、うどん屋ののれんをくぐる。すると中から、元気のいい声がした。

「いらっしゃいませ〜!」

聞き覚えのある、若い女の子の声。普段近所のおばさんか、母のだみ声しか聞きなれていないので、耳に心地いい。

『――聞き覚えのある、女の子の声??』

自慢じゃないが、知り合いにそんな若い女の子は皆無に等しい雄平。疑問に思って、声のしたほうを見る。

「えっ?もしかして、ま、ま、麻衣、ちゃん?」

「あら、秋山さんでないん?どうしたんですか、こんな遠いとこまで。」

頭に白い三角巾をかぶり、お盆を持って出てきたのは、まちがいなく雄平に好意を持っている(かもしれない)芳田麻衣その人だった。同時に、嫌な予感がしてあたりをうかがう。

「心配せんでも、亜衣ちゃんはおらんとよ。」

伊野倉のフォロー。しかし、かたくなな雄平。

「いや、どこかに友達がかくれとるかもしれん。」

麻衣の友達に、手ひどい目にあっているのがよっぽどこたえているらしい。

「何ぼ何でも、あの子らもバイトにまでついて来んよ。――どうぞ。」

「あ…ありがと……。」

「注文決まったら、呼んでくださいね。」

麻衣が行ってしまうと、雄平は向かいに座る伊野倉に詰め寄った。

「り、り、亮ちゃん!…コレはどういうことやっ!」

「どういうことって…この間、たまたま昼に外出とって、な〜んか腹減ったな〜と思うとったら、偶然ここ見つけたとよ。そしたら、見たことある子がおるやなかね。こらー、雄平ちゃんに報告しとかな思うたったい。」

「な、な、何でオレにっ!」

「え〜?だって雄平ちゃん、麻衣ちゃん好きなんやなかね〜。」

「こらっ!」

あわてて伊野倉の口を押さえにかかる。

「声が大きい…!」

時間も時間、昼過ぎてしばらくたつせいで、店の中はまばらな客しかいなかったから、バレバレな雄平だけの秘密は、それ以上の人に広まることはなかった。

 

     続く .........。

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