
環境戦隊サヌキレンジャー! R
それは、不思議な戦いだった。
ヒーローショーのステージに、正義の味方と悪の組織のバトルはつきものだが、今回にかぎって直接対決などこれっぽっちもなかった。ただ、一方的に悪の組織の【わるぐち】が繰り出され、そのたびに正義の味方がばたばたと倒れ…もとい、ヒトダマを背負って落ち込んでいく。
「――緑の兄ちゃんは、友だちがおらんやろが〜。小学校の卒業アルバムにも、ひとりだけ切り抜きで、集合写真の右上隅に載っとったん、知っとるぞ〜。」
「しょうがないやろが!写真撮る日にカゼで休んどったんじゃ!」
「週末に鷹松に出て行くんも、友だちさがしや言うて聞いたぞ〜!友だちのおらん正義の味方いうんも、寂しいの〜。」
「がび〜ん!」
たてせん十本と、ヒトダマを二匹背負う緑川。しょうもないことだが、本人は大変気にしていたらしい。あわてて叫ぶ雄平。
「そ、そんなことないぞ、俺らがおるやないか、なあ、亮ちゃん!」
隣のア○ゾンの肩をひっぱたくと、しどろもどろの返事がかえってきた。
「そ、そういうことばい!俺ら、親友やなかね。」
感極まった緑川が、恐らくマスクの下でどばどば涙を流しながら、二人に抱きついてきた。
「雄ちゃん!亮ちゃん!キミらは心の友じゃ〜!」
「ほんなら、お前は可ちゃんじゃのう。優良可で仲ええこっちゃ!」
「いや、雄平のゆうは優でやないぞ。ついでに言うなら、俺の名前は可でなしに海斗言うんで、覚えとって。」
「そんな、活字にせなわからんツッコミはやめてくれ〜!」
「そうよ!こんなんでも、英雄の雄なんやけん!」
「…麻衣ちゃん…こんなんでも、て……。」
思わぬ味方陣営からの攻撃に、ダメージ百。
「次!かわいそうやが、双子の姉ちゃん、覚悟しいや。」
手元のメモ帳をチラ、とのぞき込む悪のおっちゃん。
「姉は、妹が好きな人をけなしたため、それとどっこいどっこいな自分の彼氏をひた隠しにしている。…どや?」
「それがど〜した!」
メンバーには、それが亜衣の声だとわかったが、ギャラリーをはじめゴミゴミ団の皆さんにはわかろうはずもない。
「えらい強気やな、お嬢ちゃん。」
「たとえそれがホントやったとしても、あんたらにはどっちが姉でどっちが妹かわからんやろ。双子の利点は、恥ずかしさのレベルを半分にできることやわ。」
「往生際悪いの〜。この【わるぐち】返しなんぞ、あるわけないでないか。」
しかし、亜衣はひるまずに仁王立ちのまま、こう返した。
「ように聞き。技をくらって攻撃力が半分になったとしても、ダメージを半分にできるんやけん、プラスマイナスゼロ。つまり私らには、その攻撃は無効なんじゃわ。」
「そういうこと。なんぼ恥ずかしいことをばらされても、どっちのことを言うとるんかわからんかったら、ばらされとらんのと同じいうことかな。」
「…麻衣、それはちょっと強引な展開なんとちゃう?」
その時である。おっちゃんが急に笑い出した。
「ははは、頭隠して尻隠さず言うんはこのことじゃ。さっき話したほうが姉ちゃんやろが!」
しかし、亜衣・麻衣も負けてはいない。
二人は、目に見えないくらいの速さで何度も立ち位置を変えてみせた。
「さー、どっちがどっちだ?」
「う〜ん…右がねえちゃんか?」
「ざ〜んねん!間違えた人には、おしおきよ♡」
麻衣は、右手に現れた光の棒を、なれた手つきでくるくると回し始めた。すると、その先から光のリボンが伸び、光のらせんを形作る。
「いくわよ!ホワイト・ウイップ!」
瞬間、らせんが一気に細くなると同時に、一本の鞭のように空を切った。その先は間違いなくゴミゴミ団の下っ端(さいたクリーンサービス社員の皆さん)をとらえ、半数をステージ上に沈める。
「なんと!えげつない攻撃やないか!」
「この程度をえげつないや言わんとってくれる?」
今度は隣の亜衣がステージ上で高く飛び跳ねた。その右手には、輝く光球が現れている。
「ええな、いくで!ホワイト・弾丸シュート!」
生き物のように空を舞いつつ、敵を攻撃する光の球。それは大きく膨張しつつさいたクリーンサービスのみなさんを飲み込んだ。程なくして光が消えると、そこには屍の山が。
じだんだを踏む、おっちゃん。
「く、くそう!こうなったら、赤の兄ちゃんじゃ!」
「うっ…見逃してくれるか、と思うたが、やっぱり最後は俺かい!」
びびって一歩後ずさるが、敵も容赦ない。
「甘いんじゃ。一人だけ仲間はずれはかわいそうじゃろが。この攻撃は、わしからの愛やと思うてくれ。」
「そんな余計な愛はいらん!」
いつもは鈍いわりに、雄平はコンマ一秒で返事をした。しかし、敵もさるもの。
「そう言うな。必要な愛がないんやったら、ちょっとくらい余計な愛ででも我慢せないかんのぞ。」
おっちゃんは、(多分)仮面の下でにやり、と笑った。動揺を隠せず、感情ダダ漏れの雄平。
「どどど…どういう意味じゃ!」
「兄ちゃん、ええ歳して彼女おらんのやって?」
「え…おらん…と、いうか?」
しどろもどろの雄平の横から、意外にも横槍が入った。
「おらんことないやん!ちゃんと私がおるやろ!」
「そそ、そんな大きな声で――。」
「大きい声で言わんかったら、すぐしらばっくれるんやけん。」
「そうや、そうや!…ていうか、私にはあんたのシュミはようわからんけどな。」
「何よ、亜衣やって、伊野倉さんとこないだ押田港の赤灯台のとこでデートしよったやんか!」
「え、え〜っ!」(メンバー全員の声)
「亮ちゃん、そ、そ、そ、それはホントなんか!」
自分のことほったらかしで、ア○ゾンにツッコむ雄平。当の○マゾンは、照れてなのか、頭をポリポリと掻いた。
「うん…。昼休みに亜衣ちゃんと、コーヒー飲みながら和三盆食べたと。」
「押田港の赤灯台の下で?」
「まあ、そんなとこで…。」
今度は、亜衣に視線が集中した。
「亜衣ちゃん!」
「ええやん。…来年のバレンタインに売り出す新製品を試食してもろうただけじゃわ!」
そう言い放ち、ぷいっと横を向く。
「えっ?あの新製品……?」
二人の家は老舗和三盆のお店だから、麻衣がその存在には気がついていてもおかしくはない。そういうわけで、口を割りそうにない亜衣でなく、麻衣の方に質問が集中した。
「なあ、それってどんな新製品なんや?」
緑川が、小声で聞いた。(もしかすると、来年のバレンタインを期待しているのかもしれない。)
「…ピンクと白のハート型和三盆…。特製のかわいい化粧箱入り…。」
「何とかー!」(メンバーに加えて、悪の組織の方々も追加)
「人のシュミ、悪い言うて、亜衣やってそんなにええとは言えんやんか!」
「うるさいな〜!このゆるいとこ…ていうか、自分にないもん持っとるけん、気になったんじゃわ!」
「うるさいって、どういうことよ!――亜衣や、いっつも都合悪うなったら開き直るんやけん!」
「こらこら〜!そこの小娘ども、いいかげんにしょうで!」
あわや、姉妹げんかというところだったが、ステージに半分突っ込んできたド派手な軽トラによって、一時中断。注目を浴びるピンクの軽トラを見つめながら、呆気にとられるのは、ギャラリーをはじめ悪の組織と正義の味方の面々。
「――さっきから聞っきょったら、敵も味方も人の悪口ばっかり言いよってからに!そんな性根の曲がっとるヤツは、おしおきしてやらんといかんのー。」
軽トラのドアがばんっと開き、つばがめちゃくちゃ広くてほっかむりのついた、農作業用の帽子をかぶったおばさんが顔をのぞかせた。
「よ、葉子さん!」
「遅うなってごめんのー。婦人部の寄り合いが長びいてしもて。さて、真打ちは最後に登場いうことやな?」
にかっと笑った葉子さんは、ドアに手をかけたまま軽トラのステップに立った。居合わせたみんなが、そこからかっこよく飛び、着地を決めてポーズをとるのを予想するくらい、カッコいい登場だったのだが…。
「よっこらしょ。」
普通に車を降りる葉子さん。ギャラリーが総ずっこける中、雄平は果敢に突っ込んだ。
「普通に降りるんかい!」
「当たり前やろがな!あんた何、期待しとんな。」
すると、悪の組織からヤジが飛んだ。
「そんな年寄りに、何ができるんじゃ〜!」
「何やと?どの口がそんなこと言いよん!」
葉子さんの背後に、見えないけれども人に恐怖を感じさせる、あのオーラが噴出する。
「年寄り?よう言うてくれたでないんな。けどな、私らが一生懸命働いたおかげで、あんたら若い衆が大きになれたんやで。感謝されこそすれ、悪口言われる筋合いはないなぁ。」
じろりと一瞥され、黙り込む悪の組織。その様子を目の当たりにし、坂元社長こと悪の幹部が、悪の組織戦闘員の前に立ちはだかった!
「ちょ〜っと、待った。あんたの相手は、このわしや。」
「何な、そのカッコは。」
「何な、言うて…あんたんとこの若い衆より、カッコええて、お子様のお墨付きなんやぞ?」
おっちゃんはしどろもどろで反論した。が、おっちゃんはおばちゃんにはかなわないという、世間一般の常識の通り、葉子さんがひるむことなく突っ込みを連打すると、動揺を隠せない。
「そななん、カッコがどうのこうの言う前に、人としてどうなんな。だいたい悪口三昧で人を陥れようとする人間のどこが、カッコええんよ。」
「そっ、それは…。」
「ほらみてんまい!こーんなちびっ子たちの前で、あんたらは胸張っておれること、しよるんな?」
「何と…そんなにカッコわるかったんか…。」
がっくり、とひざをつく悪の組織。すると、おっちゃんたちの戦意が喪失すると同時に、阿久津の放った悪意の呪縛がとけ、悪の組織はさいたクリーンサービスの皆さんへと戻っていった。
「――はっ、わしらは何しよったんじゃ…。」
「やっと正気に戻ったんな?世話焼けるの〜。」
「正気に戻った…やと?」
「あんたらはな、ええように使われとったんじゃわ。あの人にの。」
「あの人?」
要領を得ない坂元社長以下社員一同がふり返るそこには、相変わらず悪のエネルギー垂れ流し中の阿久津の姿がある。手下が正気に戻り、手ごまとして使えなくなったというのに、高飛車なその態度は変わらない。
「もう少しは、やってくれると思ってたんだけどね。」
「あんたのぅ、やりたいことくらい、自分でやらないかんやろ。」
葉子さんのツッコミにも、動じる様子がない。
「県庁の手先のお前たちなど、私が手を下すまでもないじゃないか。」
「えらい余裕やけど、今んとこその県庁の手先に負けとるで。どなすんな。」
しかし、相変わらず余裕の阿久津が言った。
「どうするもこうするも、仕方ないから、私が直々に相手をしてやろうじゃないか。」
仁王立ちで、阿久津と正面からやりあう葉子さんは、仲間の目から見ても非常に頼もしい存在だった。だから、次の展開に雄平たちはうろたえることになるわけで。
「そう来るか。…ほんなら、バトンタッチな。」
雄平の手を取り、思いっきりぱあん、と音がするほどしばいた葉子さん。
「タッチ、って…ええっ?」
「今度はあんたら若いもんの番やで。」
「そんな、一緒に闘うてくれるんとちゃうんですか!」
溺れるものはわらをもつかむ。必死でくいさがる雄平だが、葉子さんはにべもない。
「あほなこと言うたらいかんわ。とっしょり相手ならまだしも、あんな若い衆にはなんぼ私でもかなわんわ。それとも、何か?こんなかよわい私を、まだ闘わそうと言うんな、あんたらは。……鬼やの。」
語尾の【鬼やの。】の部分をぼそっと言われると、若い衆たちには反論する余地がない。
正義の味方の内部事情も、悪の組織同様あんまりよろしくないようだ。
「どうした、内輪もめか?」
余裕の阿久津。
「人数が多いと、これだから困るんだ。お前たちのように、にわか作りの集団はいつも統制が取れない。その点、一人なら気楽なものだ。誰に相談せずとも事足りる。」
ステージ上で高らかに笑うラスボス。まさにその通りなので、誰も反論さえできずにいたその時!
人ごみの中から、子どもの声がした。
「そんなことない!ひとりぼっちは、そんなええもんとちゃう!」
しん、と静まり返るステージ。声の主をさがす雄平たちの目に、一人の少年の姿が映った。●
「あの子、誰や?」
雄平の後ろにいた緑川がつぶやいた。
「哲也…くん?」
スポーツ刈りのその少年は、いつか葉子さんの畑に行ったとき、伊野倉の愛車でひきそうになったあの哲ちゃんに違いなかった。しばらく会わない間に髪の毛と、もしかしたら少しばかり背も伸びていたかもしれない。
哲ちゃんは続けた。
「僕は、クラスでいつも一人やった。広い教室にいっぱい人がおっても、僕にとっては誰もおらんのと一緒や。教室にひとりぼっちなんは、ほんとにさびしかった!だけん、そんなん嘘や。」
「あぶないっ!桃の葉うるおいバリアー!」
容赦なく哲ちゃんに向けられた攻撃を、ピンク色のバリアがはじきかえす。恐る恐る顔を上げた哲ちゃんの目に映ったのは、これまたピンクのプロテクターを着た葉子さんに間違いなかった。
「…大丈夫な?――もう、そこの若い衆。とっしょりに戦わさんと、あんたらが行かんかい!」
「そんなこと言うても、一番近いん葉子さんです。」
「口ごたえはこらえんで。」
例のオーラ噴出。ステージの正義の味方たち(自称)は揃って頭を下げた。
「どうも、すいませんでした〜。」
「ほんなら、行けっ!後ろの守りはまかせときまい。」
「はっ、はい。」
どうやらサヌキピンクとしての葉子さんの特殊能力は、味方を守るための防御機能のようだった。
「一番攻撃力のある人が後方支援なんは、どういうこっちゃ!」
ほえる緑川。しかし、一番状況を理解している神野が、軽くたしなめた。
「ですが、一番年長のご婦人に頼るのも、若者としては情けないかもしれませんよ?」
「そんなこと、言うとれんやろが。勝負には勝たないかんのじゃ。」
「それはそうですが、残念ながら今の私たちでは気力体力共に彼より下です。」
熱い緑川をさとす神野。
「ふう。――急に冷めたわ…ワタシのハート…。」
「こらー!グリーン唯一の技、【から元気】を味方が封じてどうするんだ〜!」
パーントゥが叫ぶ。
「えっ、から元気って、技なんですか?」
「そうだ!その技は、体力はないが気力がMAXのときに放つと、味方のヒットポイントを回復させるのだ。しかし、今は無理?」
「なんでじゃ!」
「だって、今ヒットポイント必要でないでしょ?みんな元気だし。どっちかっつーと、気力がないだけで。」
パーントゥがえっへん、と胸を張った。相変わらずまとまりのないサヌキレンジャーたちにイラッ、ときたのか、ようやく阿久津が話の腰を折った。
「そろそろこっちも攻撃に移らせてもらうが、いいかな?」
右足を、まるでリズムでも取るようにカツカツと鳴らしている。が、あまりいい感じがしないのは、あまりにも早くカツカツ鳴らしているのと、どう見ても音楽を聴くなどという状況でないからであったが、相当イラついているのは見て取れた。
「チャンスだ。気力体力ともにまさっている相手に勝つためには、相手のミスに付けこむしかない!やつは、今恐らく平静さを欠いているはずだ。」
耳元で、そうささやくパーントゥに、雄平はため息をついた。
「…はぁ。そんなうまくいきますかね?」
「何事もやってみなくちゃわからん。」
「やっぱり?」
仕方なく、雄平は前に出た。
「あの〜。ひとつ聞いてええですか?」
うれしげな、黒いプロテクターがこっちを向いた。
「――なんであんた、一人がええんですか?」
「私の壮大な計画をつつがなく遂行するためには、ほかの誰も必要がないからだ。」
「壮大な計画、て、何ですか。」
「このサヌキを、私が思うような場所に作り変えるために、いらないものを排除するのさ。」
なんかちょっとイラッとくるしゃべり方やな、と思ったが、ぐっとこらえた。
「…思うような場所?」
阿久津は右手に再びエネルギーの塊をほとばしらせ始めた。それは次第に槍の形になり、不気味な輝きを放つ。雄平はへっぴり腰ながら、それが発するであろう衝撃に備えた。
「私が子どもの頃、瀬戸内海は美しかった。しかし、大人たちはその美しい自然を破壊したんだ。子どもの言うことになど、耳も貸さずにな。」
「ちょっと待てぇ…そんなら、あんたはこのサヌキを、前みたいなきれいなとこにしようとしとるんか?」
「そういうことになる。」
「それっておかしないか?前みたいにきれいなとこにするのに、何でこなに、ものを壊そうとするんじゃ!」
雄平、何かいらんとこのスイッチが入った模様。
「…教えてやろう。ここまで壊された自然を元に戻すためには、一度徹底的な破壊が必要だからさ。まあ、ビルを建てるのに、一度土地をサラ地にするようなものかな。」
「破壊する…て。一度壊れたら、二度と元に戻らんもんもあるのにか?」
阿久津は、笑いながら答えた。
「弱いものは滅んでも仕方ない。かわりに強いものが残るなら、それは淘汰されただけのこと。」
「ちがーう!」
今度は伊野倉に変なスイッチが入った。
「あんた、なんば言いよっと?琵琶湖でブラックバスがどんだけ増えとるか、知っとうや?あんたは元からおる魚全部食い殺して、ブラックバスがうようよおる琵琶湖になっても、魚が増えて自然が戻ったや言うておれるとね?あんたがしようとしとるんは、そういうことばい。」
自分よりアホだと思っていた雄平や伊野倉に突っ込まれ、逆ギレした阿久津の手から、あのあやしい光の槍が放たれた。一瞬、まぶしい光がサンポートの芝生広場を埋め尽くす。
「秋山さん!」
「亮ちゃん!」
双子ホワイトの声が見事にシンクロした次の瞬間、二人の姿がピンク色のバリアに守られて再び現れた。
「葉子さん、ナイスフォローや!」
「すばらしい!」
ステージ上で他人事のように手を叩く、黄色と緑。洋子さんのほうはまんざらでもないようで、Vサインで答えた。
こうなると、面白くないのは阿久津のほうである。アホだと思っていた奴に説教されたあげく、自慢の攻撃をかわされたなど、プライドが許さないのだろう。右手の握りこぶしが、わなわなと震えている。
「…お前たちに…何がわかるんだ。」
「えっ?」
「正しいことを言っているのに、私が子どもだからという理由で無視されたんだぞ!」
「そら、気の毒なことだったかも知れん。けど、何で人間全てを敵に回そうとするんじゃ。」
「それは…みんなが私を…認めなかったからだ。」
「認めるやと?…あんた、単に仲間はずれにされたいうて、逆恨みしとるだけやないか。少なくとも俺は、友達作ろうと努力はするけど、一人でおっても人を恨んだりはせんぞ。結局あんたは、自分を持ち上げてくれる部下が欲しいだけやったんとちがうんか?」
緑川にまでそう突っ込まれて、次の言葉が継げない阿久津。すると、ギャラリーの中から緑川へのエールが飛んだ。
「かっこええぞ〜、海斗!それでこそパパの子じゃ〜!」
ギャラリーの中に、父親の姿を発見した緑川は、ちょっと照れつつ手を振りかえした。
「うん、俺、頑張るけんの〜!」
家族連れの中にどっと笑いが起き、場が少しばかり和む。その笑いにまぎれて、雄平の耳元で自称神のミノムシがささやいた。
「チャンスだ。相手は精神的ダメージで攻撃力が半減しているぞ。ヤツを倒すのは今しかない!」
「た、倒すって――?」
『本当に、倒すことでしかこの戦いに勝つ方法はないんか?』
ない知恵をしぼって、絞って…雄平の智恵袋がぞうきんみたいに絞りつくされて、一本のロープみたいにかた〜くなった時のこと。そこから一滴のしずくがしたたり落ちた。
ぽっちょ〜ん。
ホントに頼りない、ほんのわずかな音だったが、そのしずくは雄平たちを勝利に導くこととなる!
雄平は、意を決して、黒いプロテクターの阿久津にしがみついた!――もとい、抱きついた…でなくて――。
『ちがーう、これは、許っしょんじゃ!』
立ち尽くす阿久津の、黒光りするプロテクターに、抱擁する形で赤が張り付いている。それは傍から見ても、とてもビューティフルとはいえない構図だった。どちらかというと…。
「――グロい!」
亜衣の的確な表現を借りて、その場の雰囲気を察していただくとしよう。
「なっ、何をする!気でも狂ったのか!」
こうまでうろたえる阿久津は見たことがないだろう。いつもの高飛車な、人を見下す感じがふっ、と消えた。
「どう思われようとかまんが、俺はお前を許す!」
「なな、何だと?」
「――曲がった表現だったとはいえ、お前はこのサヌキを愛し、元のように美しいところにしようと頑張っとったんでないか。それも、一人っきりで――。」
「うるさい!はなせっ!」
もがく阿久津。しかし、しばかれようと蹴られようと、雄平はその力を緩めない。
「お前が道を踏み外すことになったんは、友達がおらんかったからや。友だちが一人でもおったら、間違った道を進もうとしたとき、きっと違うと教えてくれたやろうのに。」
「な…何が言いたいんだ、お前は!」
悲鳴にも近い阿久津の声は裏返り、さっきまでの自信に満ちた悪役の姿は微塵もない。
そして――雄平は言った。
「これからは一人でない。俺が友だちになってやるけん、心配するな!」
「え、え〜〜っ!」(その場に居合わせた人、全員の合唱。)
さらに続く、雄平の告白。
「お前が間違うとったら、今度から俺が『それは間違いや。』いうて、教えてやるけん、安心せい!」
すると、伊野倉が珍しく、間髪いれずに突っ込んだ。
「それこそ、雄平ちゃんが今まさに間違うとるばい!」
「そうや!だいたい今まで敵だったヤツと、何で仲良うせないかんの!」
伊野倉の横でほえるホワイトは、きっと亜衣だろう。性格は全然違うが、息ぴったりの二人を横目で見つつ、戦いのさなかなのにちょっと嫉妬してしまう。
「そうだ!私は、お前らなどと馴れ合うつもりはない!」
阿久津の身体からほとばしる負のエネルギーが、まるで黒光りする線香花火をまとっているかのように激しく噴出し始めた。その光は、阿久津に張り付いている雄平のプロテクターをじりじりと焦がしてゆく。
しかし、一度言い出したからには、こちらにもプライドというものがある。雄平とて、引き下がるつもりは毛頭なかった。(…と言うより、言いだしっぺの勢いで、このまま振り切ってしまえば、恥をかかなくてすむとでも思ったのか?)
『ええい、ここまできたら、恥も外聞もあるかい!』
一途なバカほど、始末に終えないものはない。しかし、時にこんな一本気なバカが、聴衆を感動の渦に巻き込むことも、たま〜にある。そして、今がその時だった。
聴衆の中から、聞きなれた声が聞こえた。
「負けるな、雄平!お前にならできる!お父ちゃんは、信じとるぞ!」
声のほうを見ると、なぜか父が母と手に手を取り合って、舞台の自分を見つめているではないか。
『げっ、お父ちゃん、何しに来たんじゃ!』
さらに続く父の叫び。
「昔からのぅ…お前は他人よりデキが悪うて、何をするんもどべやった。やけどの、それでええんじゃ。どんくそうても、お前はワシの自慢の子やけん!」
『な、な、何言うてくれよんじゃ…。』
ひるんだところへ、ちびっ子の声が加わった。聞きなれたその声は、近所の小学生だろう。
「にいちゃ〜ん!がんばれ〜!」
「僕らも応援しとるけんの〜!」
『げげっ、あいつら…しかも、正体ばれとるしっ!』
雄平には、緑川のようにその状況を丸のまま受け入れる根性はなかった。思わず、阿久津に張り付いている手から、力が抜ける。負のエネルギーに、吹き飛ばされそうになったその瞬間。
丁度雄平の反対側から、阿久津の肩越しに、にゅぅっと手が伸びてきて、雄平の手をがっしとつかんだのがわかった。そこから感じるのは、ちょっと陽気な海の男の気配。
「俺も手伝うとよ。雄平ちゃん。」
雄平の目には、アマ○ンのプロテクター越しに、伊野倉がにっこりと笑ったように見えた。
「そのくさい芝居をやめろ!こっちが恥ずかしくなる!」
「いいや。くさかろうがどうやろうが、俺らは本気たい!」
「ええぞ〜!伊野兄ぃ!」
「負けるな〜!」
ギャラリーから、伊野倉にむけて声援が上がる。見るといつぞやのイタズラ小僧たちが、こぶしを振り上げて叫んでいた。まるで○イガーマスクの伊○直人を応援する、ちびっ子ハウスの子どもたちのように、そのまなざしはどこまでもまっすぐで真剣だった。
「まかしとけっ、兄ちゃんは…相手がどんだけ強かろうが、あきらめんとよ!」
雄平も、やけくそで叫んだ。
「そうじゃ!ここまできたら、あんたを封じる以外この場を丸く収める方法はないんや。ここはひとつ、この辺で妥協してくれい!」
「!…妥協など、私のプライドが許さん!」
いちだんとパワーを増す、邪悪な光。このころになってようやく、主催者側が危険を察知。見物の人びとを後方に下げ始めた。しかし、おおぜいの家族連れはあくまでもこの戦いがお芝居だと信じているので、目の前の邪悪な光さえ大掛かりな演出と思っているらしい。当然、避難勧告も遅々として進まない。
見かねて、緑と黄色も助太刀に入った。四人がかりで押さえ込んでも、阿久津の黒いエネルギーはまだ封じられる気配はない。一番下の雄平の赤いプロテクターは、ところどころが焦げて破れ始めた。素顔がさえない分、プロテクターがぼろぼろでは、どこもとりえがない!
『くっ、なんちゅう力や!…もう、ダメかもしれん…。』
雄平が弱気なことを考えたその時。芝生広場を見下ろす、サンポートホール出口のところの踊り場に、スポットライトが当たった。
「あきらめるのは、まだ早い!」
スポットライトに照らされる影。
「な、何者?」
ステージ上で固まる悪と正義の人間団子。そしてそれを遠巻きにしつつ、避難しかけたギャラリー達の視線は、スポットライトを浴びた誰かに集中していた!
「何者かと問われれば、答えてあげるが世の習い。――知らざあ言って聞かせやしょう!」
少々時代がかった口上に、大見得を切る。歌舞伎のようにポーズを取ると、ぽっか〜ん、と見つめる雄平たちの目の前で、真っ赤な薔薇の花一輪を取り出した。
「闇がなければ、光も映えぬ。黒には真っ赤な薔薇がよく似合う。…サヌキレンジャー・ブラックとは私のことだ――とうっ!」
派手にジャンプするついでに、ステージめがけ黒いつぶてを投げつけるブラック。それは容赦なく、雄平たち味方にも降り注いだ。
「イタタタタ!…痛いって!」
「何すんじゃ、こいつ!」
殺傷能力は低いが、当たると痛いそのつぶての正体は豆だった。
「こっ、これは…?」
「…サヌキ特産、煎りソラマメを醤油に漬け込んだ【しょうゆ豆】ですね。」
冷静な神野の分析に、ブラックの正体に気がついた雄平は叫んだ!
「おまっ、さては黒川のおっさんやな?」
「そうで〜す。若いもんが不甲斐ないんで、長官自ら出向いてきました〜。」
「もしかして、自分が変身しとうて、こんな茶番劇企画したんかい!」
「どこまで自己中なんよ!」
不敵に笑うブラックは、おもむろにステージへと上がってくると言った。
「ふっふっふっ、ふがみっつ――ばれちゃあ、しょうがない。ぶっちゃけ、ワタシがヒーローやりたかっただけさっ。産業振興名目にすれば、県の補助が出るからねぇ。適当に悪の組織を立ち上げて、対決させようかと思っていたら、本物が引っかかって来ちゃって。いや〜、まいった★」
「げげっ、東大モトクラシー。ホントの敵は身内におったとね!」
「…亮ちゃん、それを言うなら、灯台元暗しじゃ。」
雄平の突っ込みも、心なしか弱い。と、その時だった。
焦げたプロテクターの間から感じる悪のエネルギーが、温度を上げたのがわかった。
「…私は、こんなアホに踊らされていたのか…!」
阿久津の怒りももっともなので、なんと言ってなだめればいいのかわからない。その一瞬の隙を衝かれ、つかんでいた伊野倉の手が外れたと思う間もなく、四人は大きく吹っ飛ばされた。運の悪いことに、ステージの奥に吹っ飛ばされた雄平と伊野倉は、したたかステージの骨組みの柱に背中を打ち付けたようで、動けそうにない。神野と緑川は、ギャラリーがいなくなった芝生の上に転がった。すぐに身体を起こし、状況を確認する。
仁王立ちの阿久津が一歩踏み出すと、ステージを作る安物の木が焦げ、黒く変色した。
「私の壮大な計画を邪魔しただけでなく…自分の趣味を満足させるために、公費を使うなど、許しがたい!…お前のような役人がいたから、手島の自然は壊されていったんだ!」
「そ〜んなこと言われても、手島の担当は私じゃないよ〜?」
また一歩、一歩と、こげた足跡が黒川に近づいていく。
「困ったな〜。本気で怒ってるぅ?」
それに合わせて、後ずさる黒川。どうやらこのおふざけが、本気で人を怒らせたということに気がついたが、もう遅い。
「…私はよかったと思っている。今となっては手島の自然を壊した企業もすでになく、この怒りの矛先を向けるものが漠然としていた。だが、今はっきりとわかった。私が正すべきは、お前のように立場を利用して私服を肥やす、腐った役人だということがな!」
「ちょっ、やだな〜、マジィ?」
黒川は、相変わらず往生際が悪い。そうこうしているうちに、ステージの端まで追い詰められた黒川が、足を踏み外してひっくり返った。それを見下ろす形で、ステージに立つ阿久津の身体からは、今までに増して稲妻がほとばしり、足元から立ち上る白い煙とあいまって、局地的に竜巻が発生。さすがに危ないので、ギャラリーの家族連れは芝生広場から退去させられ、そこに残されたのは雄平たちと撮影隊、そして避難しそこねたさいたクリーンサービスの皆さんだけだった。
阿久津は続けた。
「…お前にはわかるまい。いくらこのサヌキの美しさを愛しても、都会からやってきたという理由だけで、格好付けだと思われる。サヌキ弁を喋れないという理由だけで、受け入れてもらえない。私が全うなことを言っても、誰も聞く耳を持たない…もうたくさんだ!」
「お、落ち着きたまへ…話せばわかる。」
へっぴり腰の黒川の、必死の抵抗。しかし、阿久津の耳には届かない。
「…私は、お前をこの手にかけ…全てを終わらせる…!」
阿久津の右手に、なにやら怪しい光が形作られた。しかしその光はさっきクリーンサービスの皆さんに向けられたような、にごったエネルギーの塊のようには見えない。どこまでも澄んだ、紫の光。だが、明るくその場を照らすことはなく、ただその存在だけを空間にとどめている。
「いかん、あの近さやったら、なんぼおやっさんでもひとたまりもないんちゃうか?」
あわてて黒川救出に向かう緑川を、神野がたしなめた。
「待って!」
「何でじゃ!」
「あの光からは、迷いの心しか感じられません。」
「…どういうこっちゃ?」
「彼にだって、自分のやっていることがどれだけ無意味か、わかっているんです。」
「ほんなら、どうせえと?」
神野はプロテクターのヘルメットを取ると、少し笑って続けた。
「人というものは、迷っているときに、誰かに背中をおしてもらうと安心するものです。どこまでもまっすぐな誰かに、背中を押してもらうのを待ちましょう。」
「まっすぐな誰か…ねぇ。」
自然と視線が、ステージ上でのびている二人にそそがれる。ようやくそのうちの一人が目を覚ましたようで、二、三度頭を横に振ったのが見えた。
さて、その期待されている一人が目を覚ますと、まさに阿久津が、黒川にとどめを刺そうとしている光景が飛び込んできた。とっさに身体が反応する。
「そんなことしたら、いか〜ん!」
後ろから羽交い絞めにし、振り上げた右手をつかんだ雄平。
「な、何をする!」
「俺は、友だちが間違うたことしとったら、ちゃんと教えてやる言うたやろが!」
「………。」
少し、右手の力がゆるんだのがわかった。
「ええか、このおっさんやっつけても、あんたの好きな自然は帰ってこん。やけど、あんたがあきらめんかったら、いつかキレイな自然を呼び戻すことはできるはずや!」
雄平の体がぼんやりと赤い光を発し始めた。それは恐らく、本人にも気付かぬうちに発動し始めた、金時レッドの必殺技に違いなかった。ニンジンに含まれる栄養素のカリウムやビタミンAは、血圧を下げる効果がある。雄平の放った必殺技は阿久津の血圧を下げ、冷静にものを考える時間を与えることとなった。
「…気休めでそんなことを言うな!一人で一体何ができるというんだ。」
すると、今度は違う方向から声がした。見ると、黒川の前に立ちはだかる半魚人…もとい、伊野倉である。
「一人じゃなか。オレも手伝うとよ。」
「な…なぜだ!」
「だれかが困っとったら、一緒に困ってあげるんが友だちばい?それに、瀬戸内海はオレの仕事場でもあるし。」
「馬鹿な!なぜ得にもならんことを。」
「なぜ…て。」
一瞬伊野倉は考え込んだが、すぐにこう続けた。
「友だちいうのは、そういうもんやなかね。」
「――友…だち?」
困惑する阿久津に、雄平も続けた。
「きっとあんたは、友だちがそういうもんやと知らんかっただけや。あんたのそばに、ず〜っと誰かがおったことも。」
阿久津の体から、ふっと力が抜けたのがわかった。
ステージの下で心配そうに見ている横岡助手。その肩をぽんと叩いて、神野は言った。
「お待たせしました。出番ですよ。」
「出番、て…。」
「切り札がもっとも効果を発するのは、今でしょう?」
「…もう…しゃ〜ないなぁ。」
戦意を喪失した悪の権化は、ステージの上で立ち尽くしている。そこへ歩み寄る横岡助手。
「阿久津くん、もう、やめよ?」
「……聡子…。」
顔を背ける阿久津。しかし横岡助手は、ダメ押しとばかりに続けた。
「気が済んだやろ?こんなこと、いつまでもやっとったらいかん。」
「こんな…こと、だと?」
「そうや。こんなことしよったら、あんなおっさんになるで?」
視線の先には、黒川と久利林教授。
「こんなおっさんで、いいじゃないか!」
「心の趣くまま自由に生きているだけだ!」
この二人に、個人的に言いたいことは山ほどあるのだが、今のところ文句は無視した。
「なあ、研究室に帰ってきまい。あんな教授やけど、阿久津くんが一番見所あるいうて、言いよったんやで?」
阿久津は首を激しく振り、叫ぶ。
「――嘘だ!…教授は私の研究をいつもけなしていた。」
「そんなん、ひがんどるけんに決まっとるやん!自分にはないもん持っとる阿久津くんが妬ましんじゃわ。とっしょりの冷や水言うやんか。」
「――横岡く〜ん…なにもそこまで言わなくとも〜。」
「教授は黙っといて!」
きっ、とにらんでギャラリーを黙らせるのは、横岡助手の得意技だった。で、大魔神のように表情をかえ、また阿久津に向き直る。がんばれ横岡助手、この事態を丸く治められるかどうかは、君の舌先三寸にかかっているのだ!
阿久津がぼそり、と言った。
「俺は、ひとりで解決すると決めたんだ。だから、一生懸命にやってきた。誰にも頼らず、やり遂げることなくしては、大人たちが俺のやっていることなど認めてくれないと思ったから――。」
「あほやな〜。一生懸命やってできんかったんなら、友だちに頼ってもええやんか。阿久津くんが本気でやっとるん見とったら、きっと誰やって救いの手を差し伸べてくれるはずやで?こんなたよりないやつらでも、何人もおったら文殊の智恵の一つやふたつ、浮かんでくるもんや。」
「…こんなたよりないやつら、って?」
ぼそっと突っ込んだ雄平の主張は、あえなく無視された。…というか、二人が別世界を形成しているので、外からのどんな働きかけも無効化されている。
ギャラリーそっちのけで、さらに話は進む。
「俺のことを見ている人間なんて、いるはずがない!」
いつまでたってもらちが明かないので、さすがにイラッときた助手。思いっきり息を吸い込み、ありったけの声をしぼり出した。
「もう!――ここにおるやんか!」
その叫び声は、芝生ひろばを通り越し、静かな水面に同心円を描いて広がる波紋のように、避難していたギャラリーや、さらにはサンポートの赤灯台の下で釣りをしていた釣り人にまで届いた。
おびただしい数の目が、ぎん、とステージに注がれる。まさに、一世一代の告白だった!
「あんたこそ、何ちゃわかっとらんわ。私がずっと徹くんのことを見とって…力になりたいと思うとったことも、ずっと心配しとったことも。…何が一人ぼっちよ!」
「…さ、さとこ?」
「ほんまええかげんにしまいよ、ずっと前からあたしがおるやん!……徹くんが工学部めざしとるん知ってから、理系でもないのに一生懸命数学や理科の勉強して…そんで、血へど吐く思いで、やっと同じ大学のゼミに入ったのに、俺だけしかおらんやって?どの口がそんなこと言いよんかいの!ええかげん、気がつきまい!」
「あ…?えと…そのう……。」
うろたえる阿久津に、さらにダメ押しの先制パンチ。
「あたしや、小学校のころから、徹くんずっと好きやったのに!ここまで言わなわからんのか、このにぶちん!」
「………うそっ!」
絶句する阿久津。しん、と静まり返る芝生広場に、その時拍手の音が響いた。ぱらぱらとひびく一人の拍手が、ひとつ増え、ふたつ増え、そのうちにせまい空間を満たすほどの大きなうねりとなって二人を包み込んだのがわかる。その拍手喝采のなか――。
悪の権化だったはずの、ものものしいダークグレーのプロテクターから、真珠色の光がこぼれ始めた。そして、その輝きが頂点に達したとき!
――阿久津のプロテクターが、ぐにゃり、と変形したかと思うと、次の瞬間には輝く銀色に変化した。それとともに、形もトゲトゲしたものではなく、全体に丸みを帯びたものに変わっている。
雄平はさりげなく、近くで涙を垂れ流しつつ、うんうんと頷いている教授に聞いてみた。
「あれは、どういうことです?何で形が変わったんですか。」
「説明しよう。君たちが持っているニューパワーチェンジャーは、その心の持つエネルギーを具現化するのだ。よって今の彼の心は、あのプロテクターのように輝いているというわけだよ。」
「つまり、改心した、と?」
「まっ、しょうゆうことかな。」
『横岡助手が、切り札がある言うとったんは、こういうことか〜。』
こんな切り札なら、先に発動させておいたら、悪人一人生み出さずに済んだんではなかろうか。
『いやしかしこのおっさんらのことじゃ、自分がやりたい言う理由だけで、何とか戦隊作るやろうしな。』
懲りずに、教授の横でステージの横岡助手と阿久津に拍手を送る黒川。どちらかというと、こいつにだけは祝福されたくないのでは?と思ったが、なにも言わずにおいた。
ステージの二人にそそがれる拍手は、まだ鳴り止みそうにない。ちょっとばかり阿久津がうらやましいなー、なんて考えていたところへ、からかうような声がした。
「秋山さん、羨ましいん?」
「え、お、俺は別にっ!」
「私もあんな風に告白してあげようか?」
ちょっといたずらっぽく言う麻衣に、慌てる雄平。
「そ、そんなことせんでもええって!俺は、好きになったら、自分から先に告るけん!」
「あっ、そう。――ま〜い〜?」
急に後ろを振り返り、麻衣(と思っていた誰か)が叫んだ。
「雄平は、自分から先に告るんやって〜!」
「ちょっと待て!…さてはお前!」
「残念でした、私は亜衣で〜す!」
すると、向こうから仲良く半魚人と麻衣が走ってきた。
「こら〜!亜衣は何をいらんこと言いよんよ!」
「ええやんか。いつも出足の遅い妹に、お膳立てしてあげよるだけやん。」
「そがんよけいなこつ、せんでよか。」
半魚人がこつん、と亜衣のヘルメットを叩き、そして――こう続けた。
「――ちなみにオレも…先に告りたい方ばい。」
続く .........。
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