
環境戦隊サヌキレンジャー! D
悪の組織【ゴミゴミ団】の事情
「社長…社長いますか?」
「違うやろ!ボスと呼ばんか!」
「す、すいません社長、ボスやいうて呼びなれてないけん…。」
「だけん、社長とちゃう言うとるやろが――!」
ここはサヌキ山脈奥深く、とある悪の組織アジト。社長…でなくてボスと名乗っている中年の男は、いらいらと手元の紙切れにラクガキをしながら、続けた。
「で?計画はどこまで進んどるんや?」
「はい、そのことなんですが。」
作業着を着た、見ため普通の悪の組織構成員は、ポケットから二・三枚の写真を取り出した。
「サヌキ県西部に関して、今日は缶・びん・ペットボトルの収集日やったんやけど、案の定紙・布と間違えて出している輩が見受けられ、見せしめとしてその包みを破壊。その辺じゅうにばらまいときました。」
「うむ。ご苦労。」
差し出された写真には、ご丁寧にも道路に広げられた古着がうつっていた。
「まったく…なっとらん!引き続き、警戒にあたってくれ。」
「はい、了解です。ほなら、行ってきます。しゃちょ…いえ、ボス。」
「おう、気い付けていけよ。」
作業着を見送ると、今度は携帯が鳴った。もちろん、携帯はお遍路の途中でもかけられるのが売りの、受信エリアの広いF○MAである。
「――何や?何かあったんか?」
『こちら、角亀市方面派遣部隊。県庁職員と思われる黒ずくめの連中と交戦中。至急応援願います!』
「わかった。近くの部隊を差し向ける。ちょっとこば持ちこたえとけ。」
『了解しました。』
社長は、壁に貼られた手書きのサヌキ県地図をちらりと見ると、すぐに違う番号に電話した。
「今どこにおる?」
『歌津町です。』
「角亀市で、県庁職員と交戦中らしい。すぐに行ってくれんか。」
『わかりました!』
携帯を切り、社長はひとつため息をついた。
「…何で県庁職員が黒ずくめなんじゃい…。」
思えば、悪の組織ゴミゴミ団を結成したのはこの四月。それまでは至ってまじめなゴミ収集業者だった。しかし――。
『誰かが産業廃棄物の中に、医療廃棄物を不法投棄した…。そのせいで、ウチは県の指定業者を取り消され、かわいい社員たちに苦渋をなめさせることになってしもうた…。』
「だけんいうて、あきらめるわけにはいかん。ゴミの日に間違えてゴミを出す、それがひいては不法投棄にならんとも限らんのやからな!わしらはあきらめんぞ。県民一人ひとりに、ゴミの出し方を――いや、分別をきちんとするんが、どれだけ大事なんかをわかってもらうまでは、県庁のやつらの妨害や、おそるるに足らん。」
社長は、手元においてあった例のラクガキ用紙をぐしゃぐしゃに握りしめ、不敵に笑った。
最近、県庁が怪しい組織を立ち上げ、抵抗をはじめたというウワサは耳にした。その手始めが、各地で我々の戦いを妨害する黒ずくめの集団だろう。
「わしらは、間違ったことはしとらん――。」
その時入り口のドアが開き、この暑いのに黒いスーツをびっちり着込んだ男が入ってきた。
「坂元社長、頑張ってますね。」
「おお、阿久津くんやないか。」
「どうです?うまくいってますか?」
「どうもこうも、県庁のやつらの妨害がひつこいんじゃ。どうにかならんか?」
阿久津の笑いは、どう見てもさわやかではない笑い方なのだが、なぜか当の坂元は疑うそぶりも見せず、渡りに船、とばかりに身を乗り出した。
「ちょうどよかった。…実は今日お伺いしたのは、県庁に対抗する秘密兵器をお見せしたかったからなんですよ。」
阿久津は、スーツの内ポケットから、一枚のマイクロディスクを取り出した。
「何や、歌でも聞くんかいな。」
「ちがいますよ。この中にデータが入っているんです。パソコン、お借りしますね?」
慣れた手つきで操作する。もともとたいしたデータも入っていないから、すぐに目的のデータが画面に映し出された。
「こっ、これは!」
絶句する坂元を見、阿久津はまた例の下心みえみえの笑いを口元に浮かべた。この笑い方で警戒しない坂元もどこか鈍いとしか言いようがないが、そこは田舎のおっちゃん。疑うことを知らんというか、世間の荒波にもまれてないというか、やたらとピュアなハートが災いしているとしか思えない。
画面の中には、テレビで見るような正義のヒーローがいた。
「この技術は、サヌキ大学工学部の久利林公薗(くりばやし・きみその)教授が最近開発したもので、人の心のエネルギーを形にすることができます。」
「何と!空中元素固定装置みたいなもんやの。」
「……社長、それはキューティー○ニーです。」
表情のないツッコミほど、むなしいもんはない。社長はぼそっと言った。
「わし…あのマンガ好きやったんじゃがのう…。」
阿久津が、おほんとひとつセキをした。
「それは端っこに置いといて、ですね。この技術を使えば、苦戦を強いられている県庁職員との小競り合いもノープロブレムとなるでしょう。そうなれば、こっちの思うつぼ…。」
「?思うつぼって、なんじゃい。」
「いえ、それこそこちらの話。――どうです?使ってみますか。」
「そうやの、使うてみるんも悪うはない。けど、阿久津くんよ――。」
画面から視線をはずし、坂元の顔を見あげる阿久津。
「わしはどうなろうがかまん。やけどその機械使うて、体に影響はないんかの。…わしはかわいい社員に、これ以上危ないことさせることはでけんのじゃ。」
「何を言うんですか、社長。」
阿久津は坂元の肩に手を置くと、ゆっくり、穏やかにこう言った。
「あなたの会社は、県庁に不当な扱いをされたんですよ?だから社員だって、あなたのことを思って戦っているんです。確かに、この装置は体力をエネルギーにしますから、体に何の影響もないとは言い切れません。しかし、あなたと社員の心は一致しているはずだ。多少のリスクくらい笑って目をつぶってくれるでしょう。」
その時、淡い光が阿久津の手から社長の肩に流れ、吸い込まれるように消えた。この部屋に誰かいれば、その存在に気がついたかもしれない。そしてさらに阿久津のダメ押し。
「なにより、社長は世間によいことを教えようとしているんじゃないですか!」
空っぽの部屋に、阿久津の声が響く。社長はとろん、とした目で言った。
「…そうやの…まごころ込めたら、どんな悪いことしても許されるやろうのう。」
アブナイ発言を口にしていることにさえ、気付かずにいる。どうやら影の黒幕はこの阿久津という男のようだ。社長を矢おもてに立たせ、あわよくばおいしいとこ取りをしようとたくらんでいるに違いない。一体何者なのだろうか。
はたして雄平たちサヌキレンジャーは、阿久津の野望をぶっ潰し、坂元社長たちを正気に戻すことができるのであろうか?まだメンバーも揃っていないのに、本当に大丈夫なのか?!
ひつこくつづく!
不可能を可能にする男
久利林公薗(くりばやし・きみその)教授登場!
今日は長い一日だった。
思えば、朝拉致されて県庁地下に連れて行かれ、サヌキレンジャーに引っ張り込まれ…。いやだというのにメンバースカウトに付き合わされた。なのに。
自分の畑前で、黒塗りの車から突き落とされるように降ろされた。どう考えてもオレの扱いは軽すぎる…と、怒ってもバチは当たらないが、果たして雄平にそこまで考える余裕があるかどうか。雄平は、海より深〜く長〜いため息をついた。
『本当に、本当に長い一日やった…。』
こんな日はひとりで缶チューハイを飲みながら、ニンジンスティックをかじりつつぼうっとテレビでも見て過ごしたいところである。が……。
「雄平くん!」
いきなり肩を叩かれた。振り返ると、坂入市立竹山小学校の山下孝子校長先生が立っている。
「あ、先生。どうしたんですか?血相変えて。」
「どうしたもこうしたも!あなたが、朝変な車に拉致されて行ったいうて、子どもたちが言いにきたから…心配しとったんよ、もう。」
実はこの校長先生、雄平が小学校一年生のとき初めてこの小学校に赴任してきた恩師だったりする。今ではその当時に比べると少しばかり恰幅がよくなったが、結構美人の先生だとこの界隈ではうわさされるくらいである。当然のように、雄平は小さい頃からこのキレイな先生のファンで、したがって今でも頭が上がらないし、だから先生のほうも雄平をいまだに小学生なみに扱う。
「そんな、心配せんでもええです。オレ、もういっぱしのオトナなんやし。」
「いいえっ!あの、入学式で緊張しておもらしした雄平くんやから、先生はいつまでたっても心配でたまらんの。しっかりしてな、頼むから。」
「……そんな、先生大きな声で!」
これだから、昔の知り合いは困る。勢いで、かくしておきたい過去をいつばらされるかもしれないからだ。あたりをうかがうが、幸いなことにこのネタをばらしてまわりそうなヤツは見当たらない。ほっとひと息。
「ところで雄平くん、今日は一日どこいっとったん?校長室の窓から見とったんやけど、へんな黒ずくめの、もんぺはいた人がよっけこの畑におったんよ?五時になったら帰っていったんやけどな。――畑は荒らされとりはせんみたいやね?」
「はあ、そうですね。」
ピンポイントで思い出すのは、モニター画面で見せられた、あの黒ずくめ集団。
『いらんことしやがって……。』(雄平心の声)
「なあ、何者なん?あの人たち。雄平くんの友達?生徒たちがおびえて困ったんよ。」
断じて知り合いではないし、知り合いだと思われたくないので、とりあえず否定する。
「オレ、そんなよっけ友達おらんです。ほんで、あの人らはちょっと服のシュミが悪いだけとちゃうんですか。県庁関係の人らしいけど。」
「ホンマにシュミ悪いわね。黒ずくめなんて、毎日お葬式みたいで嫌とちゃうんかな。」「さあ。友達でもなんでもないオレには、ようわからんけど。」
雄平は正直にそう答えた。事実よくわからないのだから、答えようがないというのがホントのところ。
「まあ、よかったわ。もうちょっと帰ってくるのが遅かったら、警察に連絡しようか思うとったんよ。雄平くん、気つけようで。」
先走って、警察に連絡しなくて良かった、と先生の顔に書いてある。雄平はここでも信用がない。それでも自分の名誉のために言ってみた。決して、好きこのんでトラブルに巻き込まれようとしているわけではない、という気持ちを込めて。
「オレ、いつでも気付けとんですけど、何でかトラブルに巻き込まれるんです。どなんしたらええですかね、先生。」
「そうやねえ、どっちかというと、それが雄平くんの持ち味というか…そのおかげで打たれ強い子に育ったわけやし、ええんとちゃうんかな。」
「――つまり、打つ手なし?…いうわけですか?」
「雄平くん、物事はええほうに考えな。普通の人には経験できんようなこと、やれるんやから。人生波乱万丈も面白いやないの。…それじゃ、先生も帰るわね。道草せんように帰りまいよ。」
「はあ。」
先生に頭が上がらない立場ではあるが、どう考えてもこの情け容赦ない物言いはひどすぎると思う。
『もう、はよ帰って寝よう…。』
結局、拉致されてしばらく行方不明だったという情報を聞きつけた母につかまり、グチやら説教やらを聞かされ、ろくろく寝させてもらえなかった日の翌日。
畑で作業中の雄平のもとに、またあの黒塗りの車がやってきた。中には、またあのこわもての男の姿が見える。
「――今日も何か用事があるんですか?」
あるから来たはずだが、とりあえず聞いてみる。
「……あるよ。」
ぼそっ、と最少単語の返事。
本当は行きたくはないが、呼び出しを拒否したときのことを想像すると、残念ながら雄平に選択の余地はない。
「…今日はどこ行くんですか。」
「……サンメッセ。」
相変わらず最少単語だが、行き先を聞けただけましかもしれない。
続く .........。
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