
環境戦隊サヌキレンジャー! I
店員が置いていったダイコンをすりおろしながら、打ち合わせをする二人。
「ほんで?」
「もっと必死ですらなイカンったい。ダイコンは辛うないとおいしくないとよ!」
「いや、そうでなくて……。」
ここ尾形屋のうどんは、うどんの上におろしダイコンをのせて生醤油をかけ、食べるので有名である。やがて運ばれてきたツヤツヤのうどんの上に、喜々としておろしダイコンと生醤油をかけた伊野倉は、一口、うどんをすすりこんだ。
「う〜ん、この辛味がたまらんったい!」
どちらかというと釜玉うどんが好きな雄平は、ダイコンもほんのちょっぴりしか入れていない。が、一人ひとりにおろし金とダイコンを持ってくるものだから、すべてすりおろさないと気がすまないのがサヌキ県人の悲しい性。食べもしないおろしダイコンの山が、うず高くおろしがねの上に盛り上げられたままになっている。大丈夫か?というくらい山と入れられたダイコンでは飽き足らないのか、伊野倉は残してある雄平のおろしダイコンに目をつけた。
「なあ雄平ちゃん…そのおろしダイコン、ちかっぱいあるごたーばってん(いっぱいあるようだけど)、とっとっと?(とっているの?)」
「あ?…う、うん?」
最近激しい九州なまりになる伊野倉の言葉が、理解不能になることがよくある。こんな時雄平は典型的日本人同様、あいまいな笑みを浮かべてやり過ごすのだが。しかし当の伊野倉は、雄平の心の葛藤をわかってくれるほど繊細な心の持ち主ではない。
案の定、雄平の了解もないままおろし金を取り上げた。
「もったいなかよ。オレがもらってあげる。」
ど、ば〜っとどんぶりに流し込まれるおろしダイコン。伊野倉のどんぶりの中は、すでにダイコンの海と化している。
「コレコレ。サヌキうどんはダイコンが命たい!」
『……違う…何かが違う…。』
雄平はぼそっ、と言った。
「――亮ちゃん…ちょっと言わしてもろてええかな。」
ずぞぞぞ、とうどんをすすりこみながら、こちらを見る伊野倉。返事も待たずに雄平は続けた。
「申しわけないけど、そのうどんをサヌキうどんと呼ばんとって欲しいんやが?」
「何で?」
「…最近東京でサヌキうどんの店ができたらしいんやけどの、うどんの上にのせる具を、トッピング言うてうれしげに呼ぶらしいんじゃわ。…なあ、トッピング、やぞ?」
「ふうん、ピザみたいやな。…で?」
とりあわず、伊野倉はうどんをかき込む。雄平は箸を握りしめ、叫んだ。
「だけん、そのおろしダイコンもトッピングと一緒なんじゃ!うどんの上に乗せるもんはおまけでもないし、ましてやオプションなんかでは絶対にありえん!うどんいうもんは、生地を足で踏んで踏んで、コシのある生地を伸ばしてのばして、ほんで細く切ったもんを十二分ゆがいて、冷たい水でピシッと締めたんに生醤油かけて食べるもんなんじゃ!」
「…そんなら、ウチのうどんはサヌキのうどんとちゃう、と?」
後ろから、殺気とともに声がした。振り返ると、粉にまみれたエプロンにねじりハチマキ、もしかしたらどこかにイカリマークが入れ墨されているのでは?と疑うようなムッキムキの腕をしたおっさんが一人。
どうみても、ここの大将に違いない。
「兄ちゃん、ウチに食べに来とって、店で堂々とそんなこと言うてもろたら困るのー。そんなことはこっそりと言うもんやで。」
「あ…いえその…そうでなくて、オレは亮ちゃんのダイコンが多すぎる…と。」
「そら好き好きやで。それにの、その理屈で言うたら、どこぞの店で出しとる釜玉も外道じゃろがい。」
雄平は、素直に頭を下げた。
「――すみません、オレが間違ってました。」
「これから気つけるようにの。」
店員、客の視線をあびつつ退散。青樹葉子さんには怒られるわ、尾形屋の大将には怒られるわ、で踏んだり蹴ったりの二人。(ほぼ雄平一人かもしれない。)言葉少なに車に乗り込み、店を後にした。
さて、尾形屋を出た二人は、進路を南に向け再び走り出した。実はココからがまた大変だったのだが、それは「サヌキレンジャー勢ぞろい―そのA―」で語ることにして、おちゃらけた正義の味方から、魔道に堕ちた悪の化身の裏事情に目を向けることにしよう!
(悟りの黄色のキャラクターが、まだ固まっていないという事情もアリ…。乞う、ご期待!)
阿久津の野望
薄暗い部屋。パソコンの画面の光に照らされて、ぼんやり浮かび上がる顔は青白く、感情が読み取れない。
と、脇においてある携帯電話が光って着信を告げた。
「……はい。阿久津です。」
はなれていても聞こえる声は、話の内容からしなくてもあの坂元社長に違いない。
『おう、ちょっと聞きたいことがあるんじゃ。こないだもろた時計のことやけどの。』
ちょっと眉間にしわを寄せ、不機嫌な表情を見せる阿久津。しかし、相手は携帯電話の向こう側にいる。気がつくわけもない。
「時計じゃありませんよ。パワーチェンジャーです。」
『そうそう、そのパワーチェンソーなんやが、使い方がいまいちわからんでのー。』
適当なおっさんに、ため息をつく阿久津。
「…使い方なら、マニュアルをお渡ししたはずですが?」
冷たく言ったが、相手はちょっとやそっとでは動じない田舎のおっさんである。近くにいれば、あのあやしい光で言うことをきかせることもできたのだが、電話越しではそれもかなわない。ちっ、と小さく舌打ちをする。
おっさんは相変わらずマイペースだ。
『マニュアル言うて、こないだ時計くれたときに一緒においていった分厚い本のことかいな?』
「そうです。およそ私の考え付くことは、すべてあの中に説明してあります。」
『それはわかっとんやけど、最近目がうすうなっての。字がよう読めんし、書いとる意味もようわからんのじゃが。』
「そんなばかな。携帯電話のマニュアルと同じレベルですよ?」
少しのことでは動じない阿久津だったが、この事態にはかなり動揺したもようである。(田舎のおっさんをなめてはいけない。)
『そなん言うても、わからんもんはわからんのじゃ。』
開き直る社長。仕方なく答える。
「…わかりました。では、もう少しわかりやすいマニュアルを準備しましょう。」
『いや、本はもうええ。あっても読まんけん。…そのかわり――。』
「そのかわり?」
少しの沈黙。とりあえずは自分のお願いが、だいぶん無理なことだと気がついているようだ。しかし、言いたいことははっきり伝えておかなければ、失敗したときに後悔すると思ったかどうか、一気につづける社長。
『手本を見してくれんかの。わし、携帯電話もウチの若いもんに使い方教えてもろうたんじゃ。目の前で見たら、絶対覚えるけん。』
携帯電話を持つ阿久津の眉間のしわが、さらに深く刻まれた。
もし、自分が変身して見せたとすると、その時点でパワーチェンジャーはそれを使った人の生体エネルギーを認識し、それ以外の人間のエネルギーを受け付けなくなる。そうなると、自分が手を汚さずに思いを遂げる計画がおじゃんだ。
どうにかしなければならない。より深い反省を促すために、当分の間は見当違いのところで戦っていてもらわなければならない。
「…仕方ないですね。あすにでもお伺いします。…でも社長?あくまで変身はご自分でやっていただきますよ。」
『何でもかまんけん、来てくれ。待っちょるけんの。』
その声を残し、沈黙する携帯電話。壁に向かって投げつけたい衝動をこらえて、そっとそれを置く。(自前の携帯だったようだ。)
パソコンのディスプレイの向こうに、一枚の写真が飾られている。携帯を置くついでに目に入ったそれには、三人の人物が写っていた。今からは想像もできないくらい屈託ない笑顔の自分と、若い女性。そしてその後ろには、あの久利林教授も見て取れる。阿久津はその写真も、見えないように写真立てごとうつ伏せにした。
タバコに火をつけ、吸う。
『タバコなんか吸うて…体に悪いんとちゃう?病気になっても知らんよ。』
「病気?結構なことじゃないか。…自分が傷つくことなく人の痛みなど、わかろうはずもないんだから。」
乱暴にタバコをもみ消し、いすにもたれかかった。目を閉じると、また誰かの声が耳元でしたような錯覚を覚える。
『なあ、どうしてこんなことをするん?阿久津くんは誰よりもここの自然が好きだったはずやのに。』
「そんなこと、思ったこともない。」
人はいつまでも、子どものころのままではいられない。大人になるということは、気持ちを封じ込めることだ。子どものように感情のままに振舞うのは、してはいけないことじゃないか!それを教えてくれたのは、まぎれもなくオトナと呼ばれる人間だった!
『誰がそんなこと、決めたん?』
――もう、ほっといてくれ!
よろよろと部屋の片隅のベッドに倒れこみ、何も考えないようにつとめた。
結論はとうの昔に出したはずだった。自分の手で、オトナたちがやったことの責任を取らせてやろうと。そのためには、誰に恨まれてもかまわなかった。それが、仮に自分の大切な人であったとしても。
「私は間違ってはいない…。」
むなしく、闇に消えるつぶやき。阿久津は、もう一度念を押すように声をしぼり出した。
「――俺は、間違ってないんだ!」
今を去ること、二十年前。
瀬戸内海に浮かぶ、小さな島。主な産業は、漁業と少しばかりの土地を耕して行われる農業。父ちゃんは対岸の丘山市や鷹松市に出稼ぎに行き、島では母ちゃん、じいちゃん、ばあちゃんが家を守る。俗に言う「さんちゃん農業」が行われていたのだが、そんな島の生活がつらいとは思ったことは一度もなかった。
澄んだ海と豊かな緑。それがあるだけで幸せだった。
子どもたちは朝早くから日が暮れるまで、自然の中で遊び、そこで大切なものを学びもした。自然は、すべての生き物に優しかった。
幼い頃の阿久津は、都会から母に連れられ、母の生まれ育ったこの島にやってきた。母は、別れた父親のかわりをするかのようにわき目も振らずに働き、阿久津少年は祖父母に育てられたが、寂しいと思ったことはない。何よりそこには自然があふれていたから。初めのころは、田舎が嫌でたまらなかった少年も、一人、また一人と友達が増えるとともになじみ、島に来て一月もする頃には島の子と見分けがつかないくらい色黒の、腕白小僧になった。相変わらずしゃべる言葉は標準語に近かったが、友達にはそんな事を気にするヤツは一人もいなかった。
そんなある日のこと。
島に大型のダンプカーが走るようになった。もともと島にあるのは軽自動車ばかり。細い道をところかまわず疾走するダンプカー。…いやな感じがした。
小さい頃住んでいた町にも、ダンプカーがたくさん走っていた。そしてそのたびに街は大きくなり、遊び場が少なくなったのだ。
「なあ、じいちゃん?」
「何じゃい?」
「最近、やたらダンプカーを見るんだけど、何か作ってるの?」
「さあのう。作るとしても、ずっと先の話らしい。なんでも、海を埋め立てて島を大きにするんやと。」
「島を大きくして、どうするの?」
「考えてみい。こななこんまい島でや、野菜を作ろう思うても、ほんまにちょっとこばしかでけんやろ。島が大きになるいう事は、耕すとこが広うなるいうこっちゃ。そしたら、もっとよっけのやさいがでけるんぞ?」
「…でも、そうしたら海がせまくなるよ?僕は、きれいな海がなくなるのはやだな。」
じいちゃんは、がっはっは、と笑った。
「何や、徹は心配性やのう。ええか、ちょっとば埋め立てたとしても海はものすご広いんじゃ。子どもはそんな心配せんでええんぞ。」
「そうなのかなあ?」
それからもダンプカーは、たくさんのものを積んでひっきりなしに島にやってきては、空になって帰っていった。
それから何年か経ち、島に異変が起きはじめた。
そのことに最初に気がついたのは、徹たち小学生だった。
「先生、この魚何か変だよ。」
島に住む生物を調べるという、郷土学習でのこと。学校に程近い海岸で捕まえた小魚は、尾びれが異様に小さかったのだ。そのせいでよたよたとしか泳げず、どんくさい小学生にもつかまえる事ができたらしい。
しかし先生はこう言った。
「そうねえ、尾びれが小さいみたいだけど…。お友達同士でケンカでもしたのかしらね?」
「ケンカしたら、何でしっぽが短うなるん?」
「食べられちゃうんだって。――先生の家の鯉がね、そんなことしていたのを見たことがあるわ。」
けれども、そんなふうな奇形の魚は一匹だけではなかった。少しはなれた海岸で獲った別の種類の小魚にも、体のどこかにおかしなところがあるものが見つかった。それからというもの、小魚だけでなく、島の近海で獲れる魚にも異常が見られるようになったのだ。そうなって初めて、大人たちは重い腰を上げた。折りしも、外国で酸性雨による森林の枯死が大問題になっていた頃だった。
続く .........。
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