
環境戦隊サヌキレンジャー! G
サヌキレンジャー勢ぞろい!
拉致さわぎで、最近仕事の滞りがちな秋山家の
ニンジン畑。今日も今日とて、朝早くから働く雄平の昼ごはんは、やっぱりコンビニおにぎりである。風向きの関係か、学校のチャイムが遠くから聞こえる。さっさと食べ終わり、一息ついた頃、遠くから一台の車が近づいてくるのが見えた。
また黒塗りの車か?!と、一瞬警戒したが、車のシルエットがどんくさげな軽自動車なのがわかると、ほっとひと息ついた。
「なんぼなんでも、こう再々サヌキレンジャーの仕事ばっかりさせられたらたまらんもんなー。」
そのひとりごとが終わるか終わらないかのうちに、聞きなれた声が聞こえた。
「お〜い、秋山さ〜ん!」
「…げっ、伊野倉さん…?」
畑のあぜ道を、文字通りもこもこと走ってきたのは、クリーム色の○産MOKO。
「…何しに来たんですか…。」
「そんな冷たい言い方せんでよかでっしょうが〜。今日はオレ一人で来たと。」
「見たらわかります。…で?」
「遊びに来たとよ。はい、これおみやげ。」
何気に助手席から取り出したのは、一匹のハマチ。
「おみやげ、って…いきなり魚丸ごと貰うても…。」
「だ〜いじょうぶ、こう見えても魚さばくんはお手のもんたい。だから――。」
「…だから?」
「台所貸して。」
がくっ。
「家にまで来るんかい!」
秋とは名ばかりの九月。魚が傷んでしまうのもどうかというので、仕方なく早めに仕事を切り上げて家に帰ることにした。
そんなこんなで、やっぱり秋山家の畑は仕事がはかどらない。
家に帰ると、母が上機嫌だった。
「あら〜、見事な包丁さばきやねえ、伊野倉くん。」
自分の包丁持参でやって来ていた伊野倉。漁協勤務に加え、普段から魚に慣れ親しんでいるようで、魚のさばき具合も手馴れている。
「いや〜それほどでもないです。オレ、島育ちなんで子どもの頃から近所の人が魚さばくのを何気に見よったとです。見よう見まねですよ。」
「ほんでもすごいわ。うちの子や、ほんまに何ちゃできんので。」
これ以上いらんことをばらされたくなくって、クギを刺す雄平。
「お母ちゃん、いらんこと言わんでええけん。」
ふてくされてテーブルに座っている雄平の目の前に、でん、と置かれた刺身。雄平にとって刺身は、スーパーに売っているものであり、食事に行ったときにありつけるごちそうでもある。それをいともたやすく丸ごとの魚から作り出した伊野倉。
実のところ、サンメッセでの伊野倉の失態を見ていた雄平は、彼のことをどうしようもないヤツと思っていたのだが、こうも自分にはできそうにない分野の技術を見せ付けられると、いやいやでも認識をあらたにせざるを得ない。
『ちょっと、面白うないぞ。』
その横で、相変わらずビールを飲み上機嫌な父は、思わぬご馳走に機嫌がいい。
「おう、伊野倉くん言うたな。こっち来て一緒に飲まんか。」
「うわ〜、ありがたいんですけどオレ、車で来てしもうたとです。」
「固いこと言わんと、飲まんかい。今日は泊まっていったらええやないか。」
赤ら顔の父昌平は、すでにできあがっているので、言い出したらひつこい。伊野倉も一応は抵抗してみるものの…。
「いや、初対面のオレがいきなり泊まるやなんて、もうしわけないです。」
「何を言うとんや。雄平の友達やったら、わしの息子も一緒じゃ。それにの、ぼくよ。サヌキにはお接待という風習があって、困っとる人がおったらどんな貧乏しとっても親切にせないかんのじゃ。」
「貧乏は余計じゃわ。」
ぼそっと言う母。が、すぐに気を取り直して、言った。
「まあな、人づきあいの悪いこの子が友達連れて来たん初めてやけん、私らも嬉しいんよ。迷惑でなかったらほんまに泊まっていきまい。」
父も母も、自分の息子ほったらかしで伊野倉の相手に忙しい。同じ居間にいながら、一人だけぽつねん、と雄平はニンジンのおひたしをつついていた。
と、不意に伊野倉が言った。
「秋山さん、刺身、食べてみんね。ホンマにうまかよ。」
「あ…うん。」
ぷりっぷりのハマチの刺身を、言われるままに口に運ぶ。適度な歯ごたえのあと、口の中でとろけるような味わいは、さばいたのが伊野倉だという事実を加味しても、おつりがくるくらいうまい。
「…めっちゃうまいわ、これ。」
思わずこぼれた雄平の言葉に、伊野倉はいつもの笑顔の二乗くらいにっこりとした。
「ハマチはね、ウチの組合が自信を持って世間に出荷する品たい。一生懸命育てた甲斐があったとよ。それに――。」
邪気のないその笑顔に、雄平は少し自分が恥ずかしくなった。
「それに?」
「この間、ずっと機嫌が悪かったから気になっとったと。」
「…伊野倉さん…。」
両親の手前、『心配してくれてたんですか。』の言葉を飲み込んだ雄平。へたなことを言おうものなら、突っ込み上手の母にねほりはほり聞き倒されたあげくに、サヌキレンジャーのことまで知られてしまうかも知れなかったから。さすがに、拉致されたあげくあやしい組織のメンバーにされたとは、口が裂けても言いたくなかった。
「そっ…そんなこと、ないです。俺、人付き合い悪うて友達もあんまりおらんから、どう話したらええんかわからんかったけん――。」
「ふうん、自分のことはようわかっとんや。」
聞き耳をたてていたらしい母が、二人の前にニンジングラッセを置くついでにぼそっと言う。雄平は、きっ、と母を一瞥して威嚇したが、当然ながらひるんだ様子は少しもない。
「ま、何があったんか知らんけど、固いこと抜きにして食べまい。これはな、去年収穫したニンジンをいっぺんゆでて冷凍しとったもんで作ったんやわ。ほんとはとれたてのニンジンで作ってあげたらええんやけど、取れるんはお正月前くらいやけん。…立派なお造りのお礼にしては質素やけど、こらえての、伊野倉くん。」
「いえ、見ず知らずのオレにここまで親切にしてくれるなんて、さすがお大師さんの生まれた国たい!いただきます。」
グラッセをほおばる伊野倉に、母どころか父までが上機嫌だ。
「おう、伊野倉くんはおだいっさんのこと知っとんか。」
「もちろんですよ。何かね、ここに住んでつくづく思うんですけど、サヌキだからこそあんな偉い人が生まれたんやないかと思うとです。気候は穏やかで、人間もあくせく生きてない。それでいて、勤勉やないですか。…ほんまに、ここはええとこですね。」
「…伊野倉さんのまわりに、そんな人がおるとは思えんけど。」
ボソッと言う雄平。どうやら雄平は母親似のようだ。
気がつくと、父がはらはらと涙を流していた。
「うわっ、お父ちゃんどうしたんや?」
「いや、の。嬉しいんじゃわ。人によってはサヌキのことを、日本一狭い県やけん人間がへらこいだの、ちまちましとるだの、むちゃくちゃ言いよるけんの。」
「それホンマな?聞き捨てならんわの。」
母参戦。この二人は、こんなことを話し始めたらほんまにひつこい。すぐに手を打つ。
「ま、伊野倉さんも明日は早起きして帰らないかんわけやし、早よ寝んといかんわ。お母ちゃん、おふとん頼むわの。」
「はいはい…ほんまに、いつまでお母ちゃん頼るんかいの。いいかげんに嫁もろうて、お母ちゃんに楽させてほしいわ。」
「…………。」
寡黙に耐える雄平。しかし、酔ってとなりで眠り始めた父を見ると、ちょっと落ち込んだ。
『こんな家には、やっぱり嫁は来んかもなー。』
「何か、結局迷惑かけに来ただけやったなー。」
客間に並べてひかれたふとん。雄平の横で、伊野倉は続けた。
「――いいご両親やなかですか。オレ、くにの両親が恋しなったとよ。」
「そうか、伊野倉さん、九州にご両親がいらっしゃるんですね。」
「うん。しばらく帰ってないから、帰ろうかなーと思っとーとばってん、なかなか休みが取れんと。」
「そんな貴重な休みを俺のとこでつぶしてしもうて、えんですか?」
「気にせんでよかよ。たかだか一日の休みでは帰れんし。」
伊野倉はにぱっ、と笑い、こう続けた。
「――ところで、秋山さん。この間教授にもらった時計の説明書、見た?」
「…いや?」
「あれ、意外に高性能のもんらしかね。今日ここに来れたのも、時計の案内にしたがって来たからやったと。そんで、それによると――。」
急に声をひそめる伊野倉。
「…これと同じ時計を持っとる人、あと三人はおるとよ。」
「あと三人、ゆうたら…麻衣ちゃんたちと黒川さん?」
「違う違う。それ以外に三人。」
「何とかー!いつの間にメンバー増えたんや?」
「だって、ここのボタン押してみて――ほら。…きっと黒川さん、しゃかりきにメンバー集めしとるにちがいなか。」
見かけによらず、メカ(…?)に強い伊野倉の言うまま時計をいじくると、なるほど、液晶の部分が地図表示に変わり、そこにいくつかの点が映し出された。
「つまり、ここの赤と青の点が今オレらのいるところ。このほかに、緑・黄・桃色の点があるということは…?」
「――あと、緑の人が庄戸島、黄の人が万濃町、桃の人が半山町におるいうわけですね?」
「そういうことたい!――なあ、どんな人か気にならん?」
「気にならん、言うたら嘘になるけど…何か怖いような…。もしかしたら、これは俺達には触れたらいかん秘密かも知れん。」
「またまた〜。もしそうやったら、わざわざデータ入れたりはせんでっしょうが。」
「ほんでも俺ら、いわば役所には、税金払う以外にはたいして重要視されていない一般市民やし…。」
いい返事をしない雄平に、伊野倉は言った。
「秋山さん、考えてみんね。悪の組織さっさとつぶさんことには、いつまでも黒川さんにこき使われるとよ?ここは覚悟を決めて、黒川さんの手から逃れるにはどうしたらいいのかを考えるのが先決たい。それにはまず、メンバー揃えな。」
真剣に語る伊野倉だったが、とてもじゃないけどその話を鵜呑みにするのもどうかと思う。
『だってこの人、黒川さんと一緒に背中つんつんしたし…。』
しかし、悪の組織がある限り、黒川の魔手から逃れるすべがないのも事実。雄平は、また心と裏腹のセリフを言うはめになった。
「仕方ないのぅ…この三人に会いに行くしかないんか。」
――基本的に、メンバー全員揃えな対決できんのか、とも思うのだが、二人がそのことにまったく疑問を持たないから対決できんのだろう。…と、いうことで。
二人は、次の日曜日にこの三人に会って話をするという計画を立て、眠りについた。
さて、お話とは便利なもので、もう日曜日。
朝早く仕事を済ました雄平が、畑のあぜ道でボーっとしていたとき。遠くからまた、どんくさげな車が近づいてきた。車はゆるゆるとあぜ道に止まる。そして中からまた、ゆるキャラ伊野倉の顔がのぞくと、緊張した空気がほぐれて、あたりにゆる〜い空気がただよいはじめた。
「秋山さん、待ったと?」
「ううん、今畑の仕事やっと片ついたとこ。」
「そりゃ、よかった。――さ、乗って?」
「う…うん。」
助手席に座って、シートベルトをすると、車はもこもこと走り始めた。
「で、どこから攻めるんですか?」
「そうやなー、いちばん近い半山町に行こう。そのあと万濃町のうどんトライアングル行って腹ごしらえしたあと…。」
「今日はうどん札所めぐりとちゃうんですよ?」
「しっ、知っとーよ、それぐらい。でも、近くまで行くんだから、ポイントは押さえとかないと!」
急にしどろもどろになる伊野倉。雄平の頭の中で、ひとつの物語が出来上がった。
うどん札所の地図を見ながら計画を立てる伊野倉。しかし、一人でうどん食べ歩きもむなしい。そこで…。
理由をつけて誘ったら、嫌とは言わない誰かを巻き込んで、ひそかに札所を攻める!
『まあ、ええけど。…でも、どうせ行くんだったら、山ごえのほうがええんやけど。』
車は、目の前にサヌキ富士、半山をみながら県道を南下する。半山は、サヌキ平野のほぼ中央にあり、おわんを伏せたような形をした山である。昔はその形から【飯山】と呼ばれていたが、漢字で書くと画数が多いのでカンタンに【半山】と書かれるようになり、それがいつの間にか定着したらしい。
その半山の南斜面に、ピンク色の光がともっている。
続く .........。
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