
環境戦隊サヌキレンジャー! N
「今さら何言うとるとよ。み〜んな知っとるったい。」
「何でオレも知らんことを、みんなが知っとんかはさておいてじゃ…。」
雄平は、小声でぼそぼそと言った。
「…このこと、誰にも言うとらんやろの。」
「このこと、って?」
「麻衣ちゃんがここでバイトしとるいうことじゃ。とくに、黒川のおっさんの!」
とにかく、黒川の魔の手からは守らないかん。その一心からだったが、物事はそれほど単純ではない。
「オレは言うとらんばってん…もしかしたら、ここがうまいうどん屋や、いうくらいは知っとるかもしれんばい?」
「どういうこっちゃ…。」
「黒川さんと、ウチの漁協のボス、知り合いやなかね。ここらへんでうまいうどん屋いうたらここくらいやから、もしかしたらいっしょに来たかも?」
「いかん!それはめちゃ、まずい!」
思わず、叫ぶ雄平。あわてて伊野倉が雄平の口を抑えたが、時はすでにおそかった。
「ちょっと、あんた!ウチの店来て、店先でまずいや言うてもろたら、商売あがったりでないんな!」
店の奥から、ばあちゃんがつかつかと歩いてきた。
「え…いや、そんなつもりは…だいいち、ホラ、オレらまだうどん食うてないし。」
ばあちゃんの剣幕に、あわてて弁解する。すると、奥から麻衣が助け舟を出してくれた。
「おばあちゃん、誤解やって!この人たち、私よう知っとるんで。」
「ほーか。そんならかまんけど…彼氏にするんやったら、もっとムキムキな人でなかったら、ばあちゃんこらえんで。だいたい、こなな細っそい腕でやこし、うどんの生地うまいこと伸ばせんで。」
「!もう、ばあちゃん何言うとん!」
麻衣が顔を赤くしてそう言うのと、雄平が同じく顔を赤くして言うのとが同時だった。
「かっ、彼氏や言うて、俺らそんな……!」
じろり、とばあちゃんが雄平をにらんだ。
「ほんまやな?」
「いやその…はい…て、いうか…?」
「かわいい孫娘やけんの、悪い虫がついてもろたら困るんじゃ。」
「ま、孫〜?」
素っ頓狂な声を出す雄平を、じろりとにらんだばあちゃん。
「何か、不満でもあるんか?」
あわてて、フォロー。
「いや、麻衣ちゃんって、おばあちゃん似…です、か?」
「何で疑問形なんな。」
「すんません、気のせいです。…けど、オレは、その、そんなつもりはこれっぽっちも…。」
雄平のしどろもどろの返事に、こんどは伊野倉が頭を抱えた。
「雄平ちゃんが弱気でどうするとよ!」
「そうよ。はっきり言わな!」
以外にも大胆な麻衣の後押しに、よけいに混乱する雄平。
「は、は、はっきり、て?」
「だから〜、雄平ちゃんが――!」
「うわー、こらえてくれ〜!」
その時、三人の右腕につけられた例の時計もどきが、同時に三色の色で光り始めた。いつもはどんくさいのに、渡りに船と、いきなり時計の通信ボタンを押したのは雄平。きっとこのピンチを誤魔化すためだろう。
「はいっ!秋山です。」
『あ〜、私、ワタシ。長官の黒川でっす!』
陽気な声が聞こえてきたので、思わず雄平は通信を切った。正直、これ以上面倒に巻き込まれたくはないからだったが、相手も一筋縄ではいかない。すぐにまた光り始める時計。多分何度切ろうとも、用件を伝えるまでなり続けることが予想されたので、仕方なく返事をする。
「…何の用です?」
『その声は、秋山くんだねっ?非常事態なんだよぅ――。』
「とてもそうとは思えんのですけど?」
『そんなこと言ってられるのも、今のうちだよ?』
「…だけん、何なんですか。」
早よ言えよ、の気持ちを込めて、冷たく言う。しかし当然のごとく、オッサンはこたえない。
『言おうかなっ、どしよかな?』
「非常事態なんやろが!はよう、言え〜!!」
暴れだしそうな雄平を、後ろから羽交い絞めにして言う伊野倉。
「黒川さん…はよ言うてくれんと、オレにも限界があるとよ〜!」
『わかった、わかった。ようく聞いてね?』
ごくり、とつばを飲む三人+ひとり(ばあちゃん)。
『実はね、さっき果たし状が届いたんだよ〜。』
「ええい、語尾をのばすな!そんで?」
『非常事態だからね〜、一度みんなに集まってもらって、秘密兵器の説明でもしようかな〜、なんて♡』
「今さら非常事態や言うて、どの口が言いよんじゃ!そんな事態にならんうちに、説明しとったらええんとちがうんか!俺ら、用もないのに何べんも集合させられたんぞ!?そのたんびに落とし穴に落とされるわ、くさい泥つけられて!オレでのうても怒るやろ?!」
雄平の怒りは当分おさまりそうにない。しかたなく、伊野倉が言った。
「雄平ちゃん、落ち着くったい!おっさんの話聞かんことには、何したらええかわからんって!」
日々魚と格闘しているだけに、意外にも細マッチョなのか、じたばたする雄平も動きようがない。ようやく我に返って、はき捨てるように言う。
「亮ちゃんがそこまで言うんなら……で、誰から果たし状が来たんですか。」
『うん、差出人は【悪の組織・ゴミゴミ団】だってさ。』
「えらくベタな名前やな〜。」
これは、ばあちゃん。さりげなく会話に混ざるあたりが、典型的なウワサ好きのお年寄りだ。(こういう人が仲間になると、秘密がダダ漏れになる恐れもある。)しかし、今さらあっちに行ってもらおうとすると、話がよけいにこじれる恐れもあるので、とりあえず、見て見ぬ振りを決め込んだ三人。
「ほんで、その組織に心当たりは?」
『あるわけないじゃないか〜。でもね。』
「でも?」
『果し状の封筒に貼ってある切手の消印が、狭板町なんだよねえ。ちなみに、その切手の模様が記念切手の○ラえもん。』
「んなことは、誰も聞いとらんわ。」
コンマ一秒でつっこむ雄平。その横で、真剣に会話を続けているメンバー二人とオマケ一人。(ばあちゃん)
「さいたちょう、言うたら国道32号線を南に行ったとこ?」
「サヌキ山脈の手前やな。あそこらへんは、昔ようけマツタケが獲れたらしいけん、地元の人は【宝田の里】いうて呼んどるみたいやわ。農協の中でもダントツの出荷量があるけん、県内の農協でいちばんえらいんやそうな。」
「へ〜。ばあちゃんすごい情報網やね〜。」
感心する伊野倉に、ばあちゃんは仕事そっちのけで胸を張った。
「そらそうや。うどん屋の情報網なめたらいかんで。お客さんと何気に話すことの中から、大事な情報聞き出すんもプロやけんの。今度、そこの国産マツタケ使うて、【限定マツタケうどん】だそうかと思うとるんよ。」
「うわ〜!オレ、予約しといてもええですか?」
「しょうがないの〜!麻衣の知り合いなら、予約しといたげるわ。」
「いよっ!太っ腹!」
うどんで盛り上がる伊野倉とばあちゃん。二人をほっといて、話は続く。
「そんでも、じゃわ。」
今度は麻衣が考え込んだ。
「え?どうしたん?」
「よう考えてみて?昔ほどマツタケは取れんやろうけど、お金持ちの農協がある町なんやろ?そんな農業資源のいっぱいあるとこに、何で【ゴミゴミ団】いう、わけのわからん組織があるんかなあ?」
「そら、そこでなかったらいかん理由があるんとちゃうん?なんぼばあちゃんでも、そこまではわからんわな。」
「いや、深読みしたら、わざと狭板町で投函したんかもしれん。アジトの場所隠すためにの。」
雄平も負けじと頭を使ってみたが、あの悪の組織のおっさんにそんな細かい芸当はできそうにないという事実は、だいぶん後になってから判明する。
『ま、そういうことだから、ヒマな人は基地に集合してね。待ってるよ〜!』
ぶちっ。
必要最低限のことだけ伝えると、通信は切れてしまった。
「全員集合、言うたんとちゃうんか…。」
折りしも今日は金曜日。また基地まで戻って、おっさんの顔を見ないかんのか、とうんざりの二人をよそに、一人決断の早いのは麻衣だった。
「ごめん、おばあちゃん。私行ってくる。実はな、私、今正義の味方なんよ。呼ばれたら行かないかんのや。」
あまりに理解不能の展開だけに、「そんなあほな〜!」というつっこみが入るかと思ったのだが、意外にもこんな言葉がばあちゃんの口をついて出た。
「そうやの、正義の味方なら、呼ばれたらいかないかん。――よっしゃ。あとはばあちゃんに任せい。な〜に、こう見えても若いころは、ばあちゃん目当てにうどん食べに来る客もおったんやけん。」
壁には、色あせた白黒の写真が貼られていた。店の前で撮ったと思われる写真には、若い兄ちゃんたちに囲まれたキレイなお姉さんの姿が写っている。そのお姉さんの頬にぽつり、とほくろがあるのだが、なんとばあちゃんの同じところにもほくろが見えた。
雄平はぼそっ、と言った。
「時間いうもんは、人間を残酷に熟成させるんやの…。」
「…何か言うたな?」
悪口だけはよく聞こえるのが、世のお年寄りの常である。墓穴を半分くらい掘っているのに気がついた雄平は、あわてて叫んだ。
「悪の組織は倒さないかん!サヌキレンジャー、出動や!」
「何な、その恥ずかしい名前は。」
ばあちゃんの冷静なつっこみで、自分がこのあほな組織にどっぷり浸かっているのに、今さらながら気がついた雄平であった。
続く .........。
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