
環境戦隊サヌキレンジャー! H
『ピンクって…むさいオッサンが桃色の服着て、いうんはこらえてほしいわ――。』
雄平の心配をよそに、車はどんどんピンクの点に近づいていく。たまらず雄平が口を開きかけたとき!
急に車の前に飛び出してきたランドセル。
「…うわっ!」
「…ぐえっ!」
見かけと性格からは想像もつかないハンドルさばきで、伊野倉がそのランドセル――ぼうず頭の小学生――をよける。雄平は、助手席でシートベルトの攻撃に遭っていた。
伊野倉の愛車○産MOKOは後輪を大きく横に振って、畑の周りに掘ってある排水用の溝に突っ込み、止まった。
ドアを開け、飛び出す伊野倉。
「だ、大丈夫?怪我しとらんか?」
声に、おそるおそる顔を上げた少年は、かすかに首を縦に振った。雄平がようやく首に食い込んだシートベルトをはずし車を降りたとき、二人の右手から目覚まし時計のアラームに似た怪しい音が。もう一度、びびる雄平。
「うわっ!…何や、この音!」
「心配せんでよかろーもん。オレが鳴るようにセットしとっただけったい。」
「セットしとった、って?」
「だから、さがしよる人が近くに来たら、鳴るように…。」
そこで、二人は事故に巻き込みそうになった少年そっちのけで、あらためて顔を見合わせた。
「――そんなら、この近くに?」
「捜し人がおるいうことやな…。」
と、桃畑の向こうに人影が。頭にタオルをかぶり、さらにその上からつばの広い麦わら帽子をかぶっている。サヌキのどこにでもいそうなおばさんだ。おばさんは、伊野倉の愛車が溝に突っこんだときの尋常ならざる音に、作業の手を止めて見に来たものと思われた。
「あらっ!何しょんな、こんなとこまで車持ってきて溝に突っこんでからに!」
「あ…いやその、これは不可抗力です!」
おばさんの剣幕に(雄平たちにはまったく非がないのだが、勢いでついあやまってしまう悲しい性…。)あわててその場をとりつくろう伊野倉。ズンズンと近づいてくる小柄なおばさんの後ろに感じる巨大なオーラにびびりつつ、雄平も言った。
「そ、そうですっ、ここまで来たらこの子が、急に飛び出してきたんで…。」
そこで初めておばさんは、車の近くに座り込んでいる小学生を見つけたようだ。
「――ぼく、どしたんな。ケガしとらんのな?」
ゆっくり顔を上げる小学生の目には涙。おばさんは雄平と伊野倉をにらみつけた。
「泣っきょるでないんな!ひどいことしたんとちがうん?」
「ホンマですって!オレら、ここまで来て初めてこの子と会うたんですから。」
必死で弁解する伊野倉だったが、背後のオーラは明らかにおばさんのほうがでかい。
「信じられんな。だいいち、こんな平日の昼日中から、仕事もせんとこんなとこにおる若い衆の言うことやけん。」
取り付く島もない。しかし、ねずみだって追い込まれたら猫を噛む。決死の覚悟で、雄平は反論した。
「オレらが怪しい言う前に、平日の昼日中こんなとこにおる小学生の事情のほうが…よっぽど深刻やと…思うんですけ、ど?」
雄平の声に、視線が小学生に集まる。そして…。
でっかい目から涙がころん、と落ちたのを、三人ははっきりと見た。
おばさんは、それでようやく雄平たちに向けて振り上げたこぶしを下ろしてくれた。
そして、その手にしっかり自分たちと同じ時計もどきがはめられているのを、二人ははっきりと見たのだった。
「ワタシはな、親の代からここで桃作っりょるんよ。あんたら知っとるな?桃はその昔中国からおだいっさんが持って帰ってきて、このサヌキに植えたんで。ほんだけん、おばさんやこし、この年でこんな若いんや。」
桃畑の片隅、桃の木陰でおばさんお手製の豪華なお弁当をいただく、小学生とオトナ二人。『ほんで、何歳なんですか?』とは、口が裂けても言えるわけがないので、当たり障りのないところでごまかす伊野倉。いくらゆるキャラでも、その辺のことはちゃんと対応できるようだ。
「へー。おだいっさんって、うどんやら桃やら、いっぱい中国から持って帰ってきたんですね。」
とかくサヌキの人間は、何でもお大師さんのおかげだと神格化しているところがある。そしてその傾向は、ご年配のお年寄りになるともっと顕著だ。
「何や、知らんかったんな。孫悟空の物語にやって、天国に生えとる桃の話があったやろ。赤んぼが逆さになったような形で木になっとって、それを食べたら不老不死になるとかいうやつ。」
「…そんな木の実、いったい誰が食うんや…。」
雄平は、見渡す限りの桃畑に、不気味な赤ちゃんの形をした桃が鈴なりになっているのを想像して、ぞっとした。そして、その実を守るために番をしている番人は、やっぱりおばさんなのだったが、金棒を持ってこちらをにらみつけるイメージは、やっぱり鬼以外の何者でもない。
『なんぼ桃やいうても、鬼はないか…。』
明らかにそれは別のお話なので、頭に浮かんだ妄想を振り払う。
雄平の隣の小学生は、おにぎりをほおばりながらニコニコしている。ちょっと落ちついたようで、おばさんの質問にぽつぽつと話をし始めたようだ。
「――ほんで、今日は学校行っとらんのな?」
「うん。…でも、母ちゃんには言わんとって?僕、明日からちゃんと学校行くけん!」
おばさんはちょっと考え込んでいたが、きっぱりと言った。
「…いや、それはでけんわ。」
「何で?」
「考えてんまい。子どもが悩んで学校行けんようになっとるのに、そんな大事なこと親が知らんかったや言えるわけないでないんな。もし、自分の子が同じことになっとるとしたら、やっぱりおばさんは話して欲しいと思うで。」
しゅん、とうつむく小学生。おばさんは、やさしくぼうず頭をなでた。
「ぼく、名前は?」
「…てつや…北口哲也…。」
「おばさんは、青樹葉子。ほんで?」
視線を向けられた雄平たちは、あわてて自己紹介した。
「お、オレは伊野倉亮輔…みんなからは、カッパの亮ちゃんと呼ばれとるったい。」
「俺は、秋山雄平。…ニックネームはないです。得意なのは、ニンジン作ることです。」
思わず学生の頃、新学期にやらされた自己紹介を思い出した。ちょっとテンションの下がる雄平をほっといて、おばさんこと葉子さんは続けた。
「哲也ゆうて、ええ名前やないの。――なあ、哲ちゃん?学校で何があったか、おばさんは無理には聞かんけど、話せるようになったら話しての。そんで、今日学校に行かんかったこと、お母さんにちゃんと言いまい。話す、いうことは、口からいやなものを出すいうんと一緒。いややなぁ、いう気持ちは体に残しとると病気になるで?」
そして葉子さんは、にっこり笑った。
「おばさんは毎日ここにおるけん、学校に行けんときはここにおいで。一緒にお弁当食べよう?」
「…ほんでも…迷惑になるやんか。」
「それなら、畑の仕事、手伝うて?そんならええやろ。」
うなづくぼうず頭を、葉子さんはもういちどやさしくなでた。
「何かあったら、おばさんに言うて来まい。心配せんでええで、おばさんは、いつでも悩める小学生の味方やけん。」
そして、少し元気になった小学生の哲也くんを見送ったあとのこと。
ゆっくりと葉子さんが振り返る。
「さて、と。」
相変わらずMAXのままのオーラ。
「ほんであんたらは何しに来たんかな?見たところフリーターいうわけでもなし。悪さするほどの元気もなさそうやしな?」
びびる二人。ホラー映画ではないが、スーパー○イヤ人なみのオーラが怖いのなんの。
口火を切ったのは、伊野倉だった。
「サヌキ県の産業振興課の黒川さん、いう人が、ここに来んかったですか?」
「ああ、あの黒ずくめの人な。…何かワケのわからんことよっけ言うて、この時計置いていったわ。」
多分黒川も「右手にしてね。」と言ったはずだが、(恐らくマイペースな葉子さんは、ふつうの時計と同じく左手にしていたのだが…。)そこはつっこまなかった。(正確には、二人にはつっこめなかった…。)
「それで、どんなこと言いよったんですか?」
「世界を平和にするために、力かして欲しいとか何とか。…めんどくさいと思うたんやけどな、ワタシの力が何か子どもらの力になるんなら、思うて。」
今回ばかりは結構黒川の見立ても間違ってないな、と思った二人。(ということは、お互いの人選は間違っていると思っていたのか?…その辺もあいまいなままお話は続く。)
「実はですね…俺らも持っとんですわ。その時計もどき…。」
二人は右手を葉子さんの目の前に突き出して見せた。並んだ三つの時計に光る、赤・青・ピンクの光。なぜだか葉子さんは、ちょっとため息をついた。
「そんなら、あんたらやな?押しの弱い赤とゆるい青言うんは。」
「…押しの弱い赤?」
「…ゆるい青?」
お互いの顔を見合わせて、【うまいこと言うな】と思った二人。(ちょっとは怒れよ!)
「あと、悟った黄色の人が万濃におるらしいで。――なんか知らんけど、ワタシの力が必要なときは遠慮なしに言いまい。仕事が忙しなかったら行ったげるけん。」
「ありがとうございます!心強いです!」
そういって青樹葉子さんと別れたものの…万濃町に向かう道すがら、ふと雄平はあることに気がついた。
「なあ、カッパの亮ちゃん?」
「何ね?」
「葉子さんの力がほしいとき、葉子さんの仕事が忙しかったら、どうなるんやろうね?」
「そげんこと、今考えんでよかろーもん。何とかなるったい。」
引きつった笑いを浮かべた伊野倉は、そのまま車のハンドルを左に切った。
「…ま、次の【悟りの黄色】に会う前に、気を落ち着けんね。」
クリーム色のMOKOは、さも当然と言わんばかりに尾形屋の駐車場に止まった。
「…あれだけ葉子さんのお弁当食べとって、まだうどん食うんですか。」
「――うどんはベルばら…いや、別腹言うやなかですか。」
「店員が、宝塚並みのドレス着て『いらっしゃいませ〜。』言いよったら、おもろいですね。」
投げやりな雄平のつっこみに、意外にも大うけの伊野倉。
「はっはっはっ、それイケるな〜!どっかの店でやらんかな〜?」
もしあったとしても、そんなイロモノの店に足を運ぶ客がいるとは思えんが…。
対照的な二人の旅は、もうちょっと続く…。
続く .........。
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